第3話 はじまりのアリア③
******
空はとても広く、海も見えた。
島を見渡せる位置まで翼竜を上昇させて、メッシュは「見て!」と声を弾ませる。
「あれが研究所。その隣が医務棟だよー」
研究所は巨大なコの字型になっていて、ちょうど真ん中に庭園があるようだ。
医務棟は……なんだろう……円筒形の塔だけど、屋上からもっさもさに樹が生えているような……?
「……えっと、メッシュ……さん、医務棟の上が森になってるように見えるよ……?」
「ああ、うん! あれは薬草とかそういう……珍しい植物とかを育ててるんだー」
ええ?
育ててるにしては、屋上から根っこやらなんやらが激しくあふれて怪しい雰囲気満載だ。
思わず眉をひそめていると、私の後ろのメッシュがさらに向こうを指差した。
「あの小さい山みたいなのはクリスタルが採れる鉱山でー……あー、ねえねえ、名前なんていうの?」
「あっ、ごめんなさい、名乗ってなかったなんて失礼でした! デューです」
「ふふ、じゃあデュー! さん付けとかいらないよー、よろしくね」
「う、うん……? えと、じゃあメッシュ……よろしくお願いします」
「むー、まずはその敬語もなしにしてねー? 仲良くしよー、デューなら大丈夫だよー」
その雰囲気があんまりにかわいくて、人懐っこい子犬みたいで。それだけで、もう受かったような気持ちになれる。
嘘でも嬉しくて、私は思わず微笑んだ。
「ありがとう、メッシュ!」
******
翼竜は庭園に降り立った。
そこは空から見るよりはるかに広い。
ちょっとだけ着陸の振動は強かったけど、落ちないようにメッシュが支えてくれたから問題なかった。
お尻はちょっとだけ痛かったけどね、ふふ。
私は、翼竜の思ったより柔らかい肌をそっと撫でて笑ってみせる。
「ありがとう、快適な空だったよ」
翼竜は心なしか嬉しそうにして、メッシュの指示でまた飛び立っていった。
「あの子やほかの翼竜はこの庭園で暮らしてるんだ。普段は自由に過ごしてもらってるんだよー」
「ほかにもいるんだね! すごい、メッシュがお世話してるの?」
「うん。呼べばすぐ来てくれる優秀な子達なんだ! ……あの子はまだ小さいけど、大人になるともっともーっと大きいよー」
へえ、と頷いて見回す。
さっきの子も充分大きかったのに……もう姿は見えなかった。庭園の木々に隠れてしまったのだろう。
「どこにもいないね」
「みんな警戒心が強いからねー、あとで呼んであげるね! まずは所長に会いにいこー」
メッシュはにっこりすると私を先導して歩き出す。
途中、噴水のある広場を横切り、ベンチや花壇を横目に研究所の中へと踏み込む。
中は白を基調にした簡素な造りで、見える範囲に複数のドアがあった。
「そういえば所長さん……ってどんな人?」
「あれー、デューは知らないんだ?」
「えっ、有名な人だったりする?」
「うーん……僕はそう思ってるけどなー。王都で知らない人はいないはずだよー」
「ああ……私、ここから馬車で10日くらいかかる町から来たから……」
「へえー! 大変だったでしょ-? 今度帰るときは所長にお願いして翼竜で送ってあげるねー」
メッシュはにこにこしたまま私を先導してくれる。
翼竜で町まで帰ったら、お父さんもお母さんも驚くだろうな。街自体がパニックになっちゃうかもしれないし。
あれこれ想像しながらついて行くと、突き当たりの扉の前でメッシュが立ち止まった。
龍が彫り込まれた、立派な装飾の扉だ。
「所長~」
ノックの後で、中から物音がした。
少し待っていると、がちゃりと扉が開く。
「ん、ふあ……あー、どうだった? また鳥か?」
目に入ったのは、燃えるような……赤。
出てきた男の人はまだ若く、欠伸をしながら少し長めのその髪をかきあげた。
そしてなぜか上半身は裸。……半裸、半裸だ。
がっしりとまではいかないけど、しなやかな筋肉に、思わず見ほれてしまうけど……。
「……あー、所長。鳥じゃなくて研究員希望者だったんだけどー……どうしよー」
メッシュが気まずそうに言う。そこで初めて、所長と呼ばれた赤髪の青年と目が合った。
「…………」
「…………」
――翠の瞳が私を映し、しばし、見詰め合う。
「……希望、者?」
「……は、はい」
「っ! うわああぁぁ! ま、ままっ、待っててくれるか!?」
ばったーーん!
ちょ、ちょっと!? 悲鳴あげるのって、普通は私じゃないの!?
勢いよく閉ざされた扉が、私とメッシュに微妙な空気をもたらす。
「あー……所長、昨日から寝てなかったみたいで……だから休んでたんだと思うんだけどー……半裸だったね~。ごめんね、デュー」
「う、ううん、いいんだけど……今のが所長さんなんだよね?」
「そうだよー」
……だとしたら、想像よりもすごく若い。私とそんなに変わらないんじゃないかなぁ。
真っ赤な髪と翠の眼。背は高くて……あんな格好なのはちょっと驚いたけど。
はっとして、私は首を振った。
思い出しちゃだめだっ!
「あははっ、デュー赤くなってるよ~」
「うっ、め、メッシュ。それは言わないで……」
<あー、こほん……申し訳ない。入ってくれ>
そうこうしていると中から声がして、私とメッシュは目を合わせる。
「じゃあ、行こうかデュー」
「は、はい」
メッシュはゆっくりとドアノブに手をかけて、こっちを見て一度だけ頷くと、私を中に招き入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます