第2話 はじまりのアリア②
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「ふう、はあ……」
それからどれくらい歩いただろうか。唐突に視界が開けて、巨大な黒い扉が私を迎えた。
扉からは、私がふたり分ほどの高さの壁が左右にが伸び、扉の横には王立魔法研究所の刻印が刻まれている。
その向こうはまだ木々が生い茂っているようで、壁の上から覗く枝葉以外は何も見えない状況だ。
「着いたけど……どうやって入るんだろう」
思わずぼやく。
門番なんているはずもなく、勝手に扉を開けるのも躊躇われる。
かといって、ずっとここにいるわけにもいかないし。
うーん……考えても仕方ないか。とりあえず、開いてるかだけでも確認しないと。
私は気を取り直して門へと進み……。
「……うぶっ!」
盛大に、何かにぶつかった。
主に鼻に負荷がかかって、つーんと涙がこみ上げる。
「うう、痛ぁ~……」
扉はまだもう少し先なのに、手を伸ばすと何か温かいものに触れた。
それはゆっくりと空気に虹色の波状を描き、左右に溶けるように消えていく。
「……これ、結界……?」
確か、お父さん――魔法に詳しいんだよね――が言っていた。
結界は大地系の魔法で作る透明の膜みたいなもので、最近は魔導具を設置することでかなりの範囲を覆う事が出来るようになったって。
結界を設置した人が許可することで中に入れるらしく、それ以外では設置した人より何倍も強い魔力を持つ者か、結界を解除できる人であれば通れるんだとか。
もちろん、私には許可などないし、解除なんてどうしたらいいかわからないわけで……。
鞄を降ろし、両腕を広げてそっと触れる。結界は扉と壁に沿ってずーっと伸びていそうだった。
侵入対策なのかな? ……いや、待って。それならせめて扉の内側に張るべきじゃない!?
その考えに至って、私はため息をついた。……まだ鼻は痛い。
これは……ぶつかるよね、普通。しかも、このままじゃ扉を開けることすらできないってことで……私、研究所を訪ねられないよね?
求人には王立魔法研究所に直接お越しくださいって書いてあったのに、酷い仕打ちである。
「……はあ」
無駄足、だったのだろうか。誰も、あんな求人を信じないってことなのかも。印は本物に見えたけど偽物だったのかな? ……私、真剣に考えてここまで来たのに……。
しばらく呆然と立ち尽くしていたと思う。
疲れていたのか、ずしん、と地面が揺れたような衝撃が身体を奔って、やっと我に返ったほどだ。
しっかりと私の気持ちを受け止めて送り出してくれた両親に申し訳なくなって、私はふらふらと踵を返した。
「……?」
そこでふと、俯いていた私の視界に、靴が入ってきた。
靴っていうか……靴を履いた足……?
もちろん私のではなく、踵を返したその先にあって……え?
そろりと顔を上げると、にこにこと微笑む男の子……十五、六歳くらいだろうか? ……が、私を見ていた。
しかし、そんなことよりその後ろ、後ろに!
「翼竜!? あ、危ない! 食べられちゃう――!」
悲鳴に近い声が出て、気付けばその子を引き寄せて後ろに庇っていた。
驚いた男の子が、小さく「わっ」と声をもらしたのがすれ違いざまに聞こえる。
そう、そうなの。
私たちの目の前に伏せるようにして、大きな茶色い翼竜が首を傾げていたのだ!
「あははっ、大丈夫だよー、その子は僕が乗ってきたんだから!」
咄嗟に手をかざそうとした時、弾けるような笑い声がして、私は振り返った。
「の、乗って……? え? 飼ってるの?」
男の子は尚も笑いながら頷いた。その柔らかくてかわいい雰囲気に、私はぽかんとしてしまう。
そうして気が抜けると、いきなり背後に人がいたっていう事実が、じわじわと理解に変わっていく。
「あぁ……そっか、さっきずしんってなったのは……ええと、貴方たちが降り立った振動だったんだね」
「わ、やっぱり揺れてた? この子はまだ子供だから、着地も飛ぶのもまだ苦手なんだよー」
男の子はにこにこしたまま応えると、続けて言った。
「ところで君は誰? 研究所に用事があるのー?」
ああ、そうよね。
いきなりこんなところに人がいたから、珍しくて見に来たんだろうな。
「あ、うん。……あの、求人が出てて、それで……」
素直に答えると、男の子は目を見開いて、初めて笑顔以外の表情……つまり、驚愕を顕わにした。
「ええっ!? も、もしかして、応募しにきたの……?」
「えっ? あ、ええと、そうなんだけど入れなくて……」
彼がたっぷり固まっているのをいいことに、男の子をまじまじと眺める。
くりくりと大きな紅い眼に、焦茶色の髪。前髪部分だけは赤茶色のメッシュになっている。背は私とそう変わらない。
襟のある鞣し革の上着は袖がなく、二の腕までを覆う黒いぴったりとしたシャツが下から覗いていた。
長ズボンは濃い茶色で、全体的に土色でまとめているのかも。
「……うわあ、驚いたー。誰か来るなんて思わなかった-!」
どうやら男の子は求人のことを知っているらしい。
「う、やっぱり、その、お呼びじゃない感じなのかなあ」
再び動き出した男の子に思わずこぼすと、彼はまたにっこりして、爆弾発言を落とした。
「ううん、大歓迎だよー! 僕はメッシュ。王立魔法研究所の研究員だよ!」
――今度は私が目を見開く番だった。
「あ、あなた、研究員なの? 嘘――こんな小さな子まで?」
「あー、よく言われるんだけど、僕ね、二十歳なんだ-。成人だよー?」
「……!」
「ほら、これが王立魔法研究所の研究員が持ってる身分証」
メッシュと名乗った少年、もとい青年は、胸元から紅い石を引っ張り出した。雫型をしたつるりとした石は、内側からぼんやりと光っているように見える。
メッシュは、私の失礼な発言を気にする素振りもなく「じゃあ乗って」と当然のように翼竜へと私を誘った。
私は少し悩んだけど、ここに置き去りにされても困るから、恐る恐るその背中へと跨がる。
私を支えるために後ろに跨がったメッシュの温もりが、ちょっとだけやさぐれてた気持ちをほぐしてくれた。
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