王立魔法研究所 ~魂の在処~
奏
第1話 はじまりのアリア①
魔法とは、体内の魔力を他の力に変えて放出することを指す。
他の力とは即ち、火、水、風、土を主とする自然の力や、細胞を活性化させ傷を癒す力である。
体内の魔力は個々に量が違い、体調や年齢にも左右され、遺伝もあるとの研究結果が発表されているが、それも最近のこと。
まだまだ未知の領域が多く、各国は競うように研究にいそしんでいた。
近年では空気中にも魔力が存在することがわかり、魔力を溜める触媒としてクリスタル等の宝石類が適していることが証明され、それを使用した魔道具なるものも開発されているという。
――これはそんな時代から取り残された剣の国で、王が自らの財産を使って設立した『王立魔法研究所』を舞台に巻き起こる、恋と剣と魔法の英雄譚である。
******
「研究者求む。
●募集条件:魔法が使えればよし。
●福利厚生:三食昼寝付き、有給保証
●賃金……
……王立魔法研究所」
街の広場に貼り出されていたその「求人」に、私は息を呑んだ。
王立魔法研究所――読んで字のごとく、王が設立した魔法研究所の所員募集は、微かなざわめきと共に遠巻きに眺められている。
それもそのはず。
この国は剣の国と名高いジェスタニア王国。
魔法は禁忌として根強い差別が色濃く浸透している国だった。
魔法が、医療や魔物退治などで活躍していないわけではないが……やはり頼れるのは古くから伝わってきた医術、己の腕だなんて人々が未だ多く、魔法とは無縁の生活を送ることが当たり前なのだ。
隣国は既に魔法による産業を活性化しているにも関わらず……である。
……王様が魔法研究所を設立したのは、三十年前。
そんな情勢を不安視したからだろうとお父さんが教えてくれたのは数年前だった。
ジェスタニア王国では魔法差別が酷く、魔法を使えても隠すべきだということを、誰でも知っている。
だから、この求人は驚きと奇異の眼で見られて当然というわけで、よほど好条件であっても、変わり者でないと誰も応募なんかしないだろうと思えた。
それに……いくらなんでも、三食昼寝付き、なんて募集文句はどうかなあ、と思ったりもするよね……。
けれど。
私の足は、思考とは裏腹にすぐさま両親のいる家へと向かった。
まずは王立研究所がある、王都へ行く許可をもらわないとならなかったから。
――私はきっと、変わり者の部類なんだ。
******
私はデュー。レンガ作りの盛んな町で、雑貨屋の店員としてごくごく普通の生活を送っている22歳。
この国では珍しい蜂蜜色をした肩程までの髪とエメラルド色の眼、平均的な身長で、魔法は使えるが隠して生きているひとりである。
私の両親も魔法が使えるし、遺伝なのかもしれなかった。
……ふたりも当然、魔法が使えることをずっと隠していたから、私もそれを知った時は大いに驚いたわけだけど。
ちなみにお母さんは私より少し暗い茶髪と紅い眼、お父さんは黒髪黒眼だ。
自分とは全く違う容姿を不思議に思って聞けば、それぞれの祖先に蜂蜜色の髪やエメラルド色の眼の人がいたらしく、祖先還りかもしれないねと言われた。
そんなこともあるんだ! と、子供ながらにすごくわくわくしたけどね。
そうして、私が王都へ行く許可を求めると、お母さんは最初少し戸惑った顔をした。けれどお父さんが快く承諾し、とんとんと準備は進められた。
雑貨屋の店長も私の背中を快く押してくれたのは有り難かった。
……彼は、私や両親が魔法を使えるということを知る、数少ない人物のひとりでもある。自分の母親が魔法を使えたそうで、酷い差別を経験していたのだ。
求人の貼紙を見てから、たった三日。
私は、王立魔法研究所の研究員となるべく、街を出発したのである。
******
<ぎゃあ、ぎゃあーう>
うう。
何か……聞いたことない声で鳥? 魔物? が鳴いている。
周りは鬱蒼と木々が生い茂る原生林。苔生した樹と泥の匂いが、濃厚な湿度と共に肌に纏わり付く。
そこを通る道はただ踏み固められたもので、所々に木の根がせり出し、王立という肩書きが名ばかりに思えた。
しかもここ、王都は王都でも、城のある港町から船で一時間の孤島にあって、定期船は日に二回だけ。
魔法差別を最大限に考慮しているとは思うけど……やりすぎじゃないかなぁ。
今日だって、私以外で船に乗ってきた人はおらず、むしろ人が乗るのは珍しいと船頭さんが笑っていたほどだ。
大丈夫なのかな、ここの研究所って……。
<ぎゃあーう>
「……」
もし、もしもだけど。
変な人しかいなくて、研究なんて出来そうになかったら帰ろう……そうだよね、それでいいよね。
だってそんなんじゃ、きっと人のために魔法を使うなんてこと、出来ないに決まってる!
私は一人でうんと頷くと、荷物の入った大きな鞄を背負いなおした。
――薄暗い道は、まだ続いている。
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