第14話 怒涛の列挙


 ガトという名の太鼓腹の中年男は、泥酔して寝込んだまま、怒涛に飲まれた。レンジャという女は、その名の通りの虹色の瞳で、怒涛に遊ぶ十色の鱗の竜神を見上げた。蜜柑売りの老婆の、最後の客は怒涛の白波だった。路上生活者から組織の幹部に成り上がった男は、怒涛を見る前に手下に殺されていた。だぶだぶと太った老爺は、精一杯化粧をして美しく装い、仲間たちと手をつないで怒涛に向かって走り込んだ。犬は、怒涛から逃れようと、疾走した。ずっと昔に自殺した娼婦の死体が、怒涛に掘り返された。曲芸師の少年は、親方から逃げ出して、一人で怒涛に飲まれた。ネルトルエナという名の子供を失った母親は、やっとその後を追うことができた。神官は、ウトゥーを唱え続けた。ある兵士は武器を捨てた。ある兵士は武器をふりまわした。ガータスという名の退役軍人は、直立不動で敬礼をしたまま怒涛に飲まれた。白シデムシたちは、川原に集まって踊っていた。レンジャ・ヤガは、怒涛を見上げ、若作りの顔でにこりと笑った。ロスハーとディクマとロウとナードとリバンは、なんでこいつらと、と言い合いながら怒涛に飲まれた。ターヴェイは、妻子の手を引いて必死に走った。つながれた騎竜は、走りたいと思った。放たれた騎竜は、走った。森は、怒涛の牙で大地から引き剥がされた。数少ない火炎蝉の生き残りは、怒涛に飲まれて死に絶えた。地面に浮き出した塩は、怒涛に溶けた。ミナセとジャジャットとユンナは、非難命令を無視して、大学校舎の屋上で酒盛りをしながら、怒涛見物をした。水売りは、商売道具を捨てた。ビアナの住人のほとんどが、ケンガン山脈に登る途中で怒涛に飲まれた。ルウジは、動かない足を引きずって、自分の失敗を悔やんだ。ジズという名の老人は、数字をこねくりまわしながら怒涛に飲まれた。セカ村の住人のほとんどが、ケンガン山脈の頂上で怒涛に飲まれた。タミタは、杯片手にいい気分で怒涛に飲まれた。カジは、発狂した。猪首の男は、明けき名に祈りながら怒涛に飲まれた。ヤザン国王ヤザナム・スランマルタは、片腕の宰相テイと、元帥ディンとともに、王宮のバルコニーから怒涛を見上げた。ラダールは、ハイガ語の歌を口ずさみながら怒涛に飲まれた。彼岸の渡し守は、仕事が最後になることを感じていた。エレク滝水系もメラーマン滝水系もトゾル滝水系もラビュア滝水系もイワ教勢力圏も、怒涛に飲まれた。アーナスという名の息子と母親は、互いを想いながら怒涛を見上げた。誰もいない賭場が、怒涛に飲まれた。タファシは、女の用意した竜に二人で乗り、歓声をあげて走った。地上の全てが、怒涛に飲まれた。

 遠宇宙航行船団で飛び立った者たちだけが、降海を見届けることができた。

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