16 僕たちは(私たちは)きっとどこかですれ違う。
僕たちは(私たちは)きっとどこかですれ違う。
上野の美術展のデートの日。
(その日は、稀に見る晴天だった)
「四葉っていい名前ですよね。幸せの四葉。クローバー」とにっこりと笑って、すごく上機嫌の真昼は言った。
「そんなことないよ」四葉は言う。
「それを言うなら、村上さんのほうがいい名前だよ。真昼って、すごくいい名前だよね」
「本当ですか? 嬉しいです」真昼は言う。
村上真昼はこの日、真っ白なワンピース姿だった。靴は麦で編んだようなサンダルで、同じように麦で編んだような大きなバックを、真昼はその手に持っていた。
四葉は空色のシャツに、ジーンズ。靴はスニーカーという、普段とあまり変わらない格好だった。バックは白い虹のプリントのあるトートバックだった。四葉は服装にそれほど興味はなかった。(ただし、いつも清潔であることを好んだ)
二人は上野駅前で合流して、そのまま上野美術館の中にある新人画家の美術展まで移動をした。
流行っている、と言う真昼の話通り、美術展はとても人が多くて混雑していた。
飾っていある絵画も、確かにどれも、(絵に素人の)四葉が見ても、……すごいと思い、思わず足を止めて見入ってしまうような絵画ばかりだった。
星々と夜を描いた絵画。(パンフレットの表紙の絵だ)
森と、花と、親子のうさぎを描いた絵画。
交わる虹を描いた(子供の落書きのような作風の)絵画。
空と、海と、風と、その中で少年と少女が手を取り合う、おそらくは出会いと恋と自由を表現した絵画。
泣いている(全体的に青を基調とした)女性の絵画。
水の雫の絵画。
月の夜の、緑色の風と大地を描いた絵画。(ゴッホの作風を真似た絵だった)
白い、一角クジラの絵画。(そのクジラは、海辺に打ち上げられ、絵の中でもうすぐ死を迎えようとしていた)
四葉は真昼と一緒に、そんな絵画たちを楽しく鑑賞した。
「どの絵も綺麗ですね」小さな声で真昼が言った。
「うん。そうだね」四葉は言った。
……そして、その少しあとで、そのとき、はやってきた。
大きな絵画な並んで展示してあるコーナーの最後の一枚。……そこに、四葉の探していた絵画があった。
『梟の森』。
深い緑色の森の木々の中にある、朽ちた神社を描いた絵画。その絵画の中には、確かに一羽の白い梟が描かれていた。
その白い梟に四葉は見覚えがあった。
その梟は間違いなく、あの日、詩織と一緒に目撃した、『あの四葉の夢の中にいた梟』だった。
……森と、朽ちた神社も間違いない。
森は間違いなく梟の森であり、朽ちた神社は間違いなく、……あの梟神社だった。
二人だけの秘密の場所。
二人の秘密基地が、そこには確かに、鮮明な絵画として、あのころの記憶のままで、……四葉の見た夢の通りに、描かれていた。
「……この絵。私、すごく好きです」
そんな真昼の声も、あまりよく聞こえなかった。
「先輩? どうかしたんですか?」
「え?」
ようやく真昼の声に反応して、四葉は言った。
「秋野先輩。……泣いているんですか?」
真昼に指摘されて、自分の目元に四葉はそっと手をやった。……すると、そこには確かに透明な水があった。
いつの間にか、四葉は自分でも気がつかないうちに、……梟の森の絵の前で泣いていた。
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