14 僕は(……私は)ずっと一人だった。

 孤独


 僕は(……私は)ずっと一人だった。


 その日の夜。

 秋野四葉は電気を消した薄暗い自室のベットの上で、自分の右手のひらを見ながら、「……大丈夫。僕は、なにがあっても大丈夫」と真昼に手相を占ってもらった結果を思い出しながら、小さな声で、そう言った。


 四葉は緊張していた。

 その緊張の原因は、上野の美術展覧会のパンフレットの中にある、ある人物の名前と作品の絵画にあった。


 雨宮詩織。

 ……作品。梟の森。


 写真は小さくて(作品のみで、人物の写真は載っていなかった)それが絶対にあの場所だと言い切ることはできなかったけど、でもあれは間違いなく、あの信州の森の中にある朽ちた神社だと四葉は思った。


 もう十五年も前の話。

 すでにあの神社はなくなってしまっているかもしれないけれど、……でもあの絵は、間違いなく、梟神社であり、その周囲の森は梟の森だと四葉は思った。


 僕と、彼女しか知らないはずの秘密の場所。


 彼女。

 信州で出会った同い年の女の子。

 ……僕の初恋の人。


 雨宮詩織。(……そう。彼女の名前は雨宮詩織だった)


 一度こうして思い出せば、もう間違えるはずも、忘れるはずもない。名前。……と、面影。


 四葉の心臓はすごくどきどきしていた。


 ……僕はどうしてこんなに緊張しているんだろう? 彼女に会えることが、(その展覧会には絵画を書いた若き画家たちが、会場に訪れていると書かれていた)嬉しいのか?

 ……でも、どうして? 僕は今の今まで、彼女のことを、詩織のことをずっと忘れていたのに……。

 どうして彼女と再会することが、こんなにも緊張するのだろう?


 それは、(もし、その日、会場に詩織がいれば)二人にとって十五年ぶりの再会になるはずだった。

 詩織は、僕のことをまだ覚えてくれているだろうか? 約束を守ることができなかった僕のことなんて、もう覚えてはいないのだろうか?

 

 僕が彼女のことを忘れていたように、彼女もまた、僕のことを忘れてしまっているのだろうか?


 ……二人が出会ったとき、詩織は、僕が秋野四葉だって、あの子供のころに信州の森の中で出会った男の子だって、ちゃんと理解してくれるだろうか?


 四葉はその夜。そんなことを考えながら、自然と眠りの中に落ちていった。


 その夜の中で、子供のころの、(四葉の知っている十歳の、小学五年生の雨宮詩織だ)詩織が、やっぱり子供のころの、十歳の小学五年生の四葉の手をとって、手相を見ながら「大丈夫。四葉くんは大丈夫だよ」とにっこりと笑って、そう言ってくれた気がした。

 そんな淡い夢を、四葉は見た。

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