　四葉はそのころから、詩織のことが好きだった。

　それは四葉の初恋であり、そのころの小学四年生の四葉は、それが自分の初恋だということに、自分自身でも、気がつくことができなかった。

　二人は毎日のように出会い、毎日、一緒に森の湖畔を散歩して、周囲に生えている植物や木々、昆虫や動物、空の風景や鳥を見て、それから風の音や水の音を聞いて、そんな風にして一緒に遊びながら過ごした。

　それは、本当にすごく幸せな時間の連続だった。

　詩織の家は森の中にあるレストランを経営している家だった。

　その詩織の両親が経営するお店『森の雨降り亭』に、四葉は四葉の両親に連れられて、何度か食事に行ったりもした。

　イタリアンの料理店で、地元の食産物を利用した新鮮な料理は、すごく、すごく美味しかった。

「夏のお休みが終わったら、四葉くんは東京に帰っちゃうの？」

　湖の水を小さな手で触りながら、詩織が言った。

　詩織は黒いティーシャツを着て、下はデニムのハーフパンツを履いていた。足元は茶色のブーツだった。

「うん」

　詩織の横に座り込んで、四葉は言った。

　四葉は水色のシャツに、下はチノパンを履いていた。足元は真っ白なスニーカーだった。手にはいつものように小さな木の枝を持っていた。

　そんな四葉の横顔を詩織がじっと、静かな顔で見つめていた。

「どうかしたの？　詩織ちゃん」

　四葉がそんなことを言った。

　すると、詩織はそんなぼんやりとした四葉の白い頬にそっと、小さなキスをした。

「え？」

　四葉はすごく驚いた。

　驚いて、そのまま地面の上に尻もちをついて、ほっぺたを右手の手のひらで触り、目を丸くして詩織の姿をじっと見つめた。

　詩織はそんな情けない四葉のことをしばらくの間、見つめたあとで、無言のまま、立ち上がり、そのまま自分の家の方向に向かって一人で走り出してしまった。

「あ、待って！」

　四葉は言う。

　でも、詩織は四葉のことを待っていてはくれなかった。

　四葉は走り去っていく、そんな詩織の後ろ姿を、その場から、ただ黙ってずっと見続けていた。

　やがて、詩織の姿は四葉の目からは、見えなくなった。

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