いつかあなたに
揣 仁希(低浮上)
第1話
〜3月21日(金)晴れ
中学校卒業式。今日も彼女は喋らなかった。
中学3年間、彼女は一言も喋らなかった。
彼女の声はどんなだろうか?
いつか彼女の、声が聞きたい。
終わりの時が近づくにつれ、私は慣れ親しんだ我が家での最後を望んだ。
窓際に置かれたベッドの上、私は古いアルバムをめくる。
もう今の私には友人達の姿も顔すらも思い出せない中学の卒業アルバム
色褪せた最後のページに書かれた文を見て私は目を細める。
もはや遠く、記憶もうろ覚えだが、私はあの頃から彼女の声が聞きたかったのだろう。
思い出と言うには儚く、恋だったと振り返るにはあまりに淡く。
中学生の私に思いを馳せて、当時を思い出そうとして首を振る。
カチャリ
ドアが開く音がして、人の気配がする。
「ねえ、君は覚えているかい?」
私は、震える声で問うてみる。
「・・・・・・・・」
「ははは、そうかい?そうだね。随分と昔のことだからね」
「なら、これはどうだい?」
私はアルバムの最後のページ、その1番下を指してみる。
「・・・・・・・!」
私の二の腕を、軽く抓り、そして体に回される暖かな感触。そっと頬を撫でる細く白い指先。
「すまないね、ちょっと当時の私はどんなだったのかと思ってね。」
「・・・・・・・・」
「ふふっそんなだったかい?そうかもしれないね」
私は、頬を撫でる手を包み、続ける。
「まだ、私はこの時の約束を果たしてもらっていないんじゃないかな?」
「・・・・・・・・」
「ああ、意地悪じゃないんだ。ただ、その日が来ることを心から願ってたって言いたかっただけなんだ。」
「・・・・・・・・」
私を後ろから抱きしめて、肩に顔を埋めるその頭をそっと撫でて。愛おしいと思う。
「さぁて、せっかくだから少し昔話でもしないかい?」
「・・・・・・・?」
「あの頃の私にいままでと、これからを伝えてあげたくてね」
そう言って私は、アルバムの最後のページをもう一度みる。
「もっとも、私にはこれからはもうないのかもしれないがね」
「・・・・・・・」
最後のページの1番の下には、細く消え去りそうな字で書かれていた。
「いつか あなたに」
いつかあなたに 揣 仁希(低浮上) @hakariniki
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