第9話 破られた約束
山賊のアジトは、コトン村から離れた山の洞窟にある。
入り口には山賊が2人見張りにつき、周りには物見やぐらも構えており厳重な警戒態勢をひいている。
もちろん今朝盗んだ食料をここに運び込まれていた。
その洞窟の一番奥にハリヌはいた。ハリヌは大きな椅子、社長が座るような椅子に腰をかけている。
二人の女に囲まれながら骨付き肉を豪快にむさぼり、左手にはワイングラスを持っていた。これらすべては馬車から奪ったものであった。
働かずにこうして贅沢な生活ができる、これが山賊を辞められない理由であり、山賊が増える理由でもあった。
そんなハリヌの優雅なひと時を壊すようにクルトが慌ててやってきた。
「お頭ー、お頭ー」
息を切らしながらクルトはハリヌの前に片膝をついた。
自分のお楽しみの時間を邪魔されたハリヌは明らかに不機嫌になった。
クルトをにらみつけ、ギシギシを歯ぎしりを鳴らした。
「何だ、この俺の時間を邪魔しやがって。今は誰も入るなって言ってただろ!それともまたその腕に刻んでやろうか?」
クルトの腕を見ると、腕輪をいくつかしていた。火傷の腕輪だ。
ハリヌは、へまをした手下に対して罰として魔法で腕輪を刻んでいたのだ。
しかし、その脅しもクルトの耳には入ってこないほど、クルトはてんぱっていた。
「それが、あいつが、あいつが来ました!!」
「あいつ?誰なんだそれは?ちゃんと答えろクルト」
ハリヌはまた肉をむしゃっと食べた。
「それは―――」
クルトが答えようとしたとき、例のそいつはハリヌのもとへとゆっくりやってきた。
入り口の見張りはもちろん、洞窟の中の山賊たちはそいつによって、すっかり伸びきっていた。
ハリヌはそいつの顔を見ると、「はははは、お前か」と高笑いをした。よく知っている顔であったからだ。
「で、お前がこの俺になんの用だ?」
ハリヌがそいつに訊いた。
しかしそいつはハリヌの質問を無視して、いきなりハリヌの胸倉を掴んだ。
ハリヌは少し驚いたようにしたが、すぐに不敵な視線でそいつを見つめた。
あわや一触即発。クルトは慌てて止めに入ろうとしたが、ハリヌがそれを手で制す。
「なんでタラップさんをやった!!約束が違うじゃないか!!村のみんなには手を出さない約束だろ!!」
そいつは声を荒げた。
「なんだそのことか」
ハリヌはゆっくりとそいつの手をほどくと、顔についたつばを手で拭った。
「それで、それを言うためだけにここに来たのか?」
「ああ、それともうお前にルートは教えない」
「・・・あ?」
ハリヌは頭に血をのぼらさる。
そしてそばにあった、ワイングラスを手で握りつぶすと、「お前、自分が何言ってるのかわかってんのか?」とそいつをにらみつけ、持っていた骨付き肉を投げつけた。
「俺はもうハリヌ、お前の命令には従わない。用件はこれだけだ」
そう言って、そいつはその場から去ろうとした。
「バカかお前は!お前は俺にルートを教える。そして俺は食料の一部をお前の店に納める。俺は食料が手に入るし、お前の店もこれで営業を続けられるから売り上げが上がる。これでwin-winだろ?いい取引じゃないか?お前はもう少し賢い奴だと思っていたよ、トラス」
しかし、トラスはそれを聞き入れずにアジトを洞窟の出口へと向かった。
アジトを出ると、ハリヌはその足で隣町まで食材を買いに行った。
そして、
コトン村へ帰るときにはもう日が暮れ始め、綺麗な夕焼け空が顔を現わしていた。
その帰り道、トラスは最後のハリヌの言葉が気になった。
ハリヌは最後、去り際のトラスに対して、「後悔してももう遅い!お前はこの俺を怒らせたんだ!これがどういうことかお前が一番よく知ってるよな?」と吐き捨てていた。
その言葉がもやもやとトラスの頭を駆け巡る。ざわざわと胸騒ぎがした。
あの言葉の意味は―――。
「まさか!!」
トラスはその言葉の意味をようやく理解した。
いやそうだ。あの男ならそれもやりかねない。あいつはそういうやつだ。くそ、どうしてもっと早く気付かなかった。俺は隣町に行っている場合じゃなかった。
「ミアが危ない!!」
トラスは急いでコトン村へと向かった。
ヴィルとレオの修行はいつも以上に力が入ったので、修行が終わった時にはすでに夕日が二人を照らしていた。
「あー疲れた。今日は結構頑張ったよ俺」
「僕も。それに、これぐらいやらないとタラップさんを超えられないだろうし」
「そうだな。じゃあ明日も今日ぐらいに頑張ろうか」
二人はくたくたになりながらゆっくりとコトン村へと帰った。
コトン村へ着くとどこかあわただしい様子だった。
「なんだ?今日は珍しく騒がしいな」
「どうしたんだろ」
二人は全く状況が読めていなかった。
恐る恐るコトン村へと入る。すると、「山賊だー!山賊が来たぞー!!」と村の人たちがそう叫びながら逃げ惑っていた。
「ヴィル、山賊が襲ってきたって!」
「うん、俺も聞こえた」
「早く僕たちも逃げないと!」
まだ10歳の子供二人にとってはいささか難しい出来事であり、レオは少してんぱっていた。がしかし、ヴィルはなぜがいつも以上に冷静でいたのだ。
「いや、逃げちゃだめだ。俺たちが山賊たちを止めないと!」
「でも―――」
戸惑うレオをよそにヴィルは一人、叫び声のするほうへと走っていった。それを見て、レオは一人で逃げるわけにもいかず、「そうだな。僕たちがやらないと」と心を決め、ヴィルの後を追った。
逃げ惑う人たちの流れに逆らってヴィルたちは走り続けた。
と、そこでちょうどボナと出くわした。
「おぉ、ヴィルも無事だったかい。さあ、早く逃げるんだよ」
「ばあちゃん、ごめん。俺山賊たちを止めてくる」
「何を言ってるんだい!お前がいったところで何にも変わりはしないよ。さあ、早く逃げるんだ!」
ボナは必死にヴィルを説得する。がしかし、ヴィルの気持ちが変わることは無かった。
「ほんとごめん。でもやっぱ俺行かなくちゃ。これが可愛い孫の最初で最後のわがままだ。お願い」
ヴィルの真剣な目を見て、ボナはこれ以上ヴィルを説得するのは不可能であると察した。
「そうかい、なら行っておいで。ただし、生きて帰ってくるんだよ」
「ありがとう、ばあちゃん」
走り去る二人の背中をボナがじっと見つめていた。
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