第8話 護衛失敗

ハリヌの攻撃を食らい、タラップはピクリとも動かなくなった。


ハリヌはそれを確認すると、にやりと口角をあげ、ただ茫然と立ち尽くすクロヴィスたちに目をやった。

ハリヌの鋭い目が先ほどよりも増して威圧的に感じらるた。

その視線にクロヴィスたちは無意識に怖気づいたのがわかった。


そのクロヴィスたちを無視し、ハリヌはゆっくりと馬車のほうへと向かって歩き出した。

その行く手をクロヴィスたちが防ごうとは試みるものの、ハリヌの強さをを身に染みて理解していたために、道を防ぐことは諦めてしぶしぶと道を譲るのであった。


「ふははは、クロヴィスの奴らが一山賊に道を譲る日が来るとわな。これほど滑稽なことは無いわ!!」

ハリヌは腹の底から笑うと、憐みの視線をクロヴィスたちに向けながら、その滑稽さを噛み締めるように一歩一歩歩いた。


ただただ、クロヴィスらは黙ってハリヌに従うことしかできない自分に苛立ちを覚えたのであった。


隊長がやられたってのに俺たちは黙ってることしかできないのかよ。なんのために俺たちがいるんだ。なんのためのクロヴィスなんだよ。


ぎゅっと裾を握りしめた。



恐怖のあまりにぶるぶると震え上がる商人らにハリヌは目もくれずに、

「それじゃ、この食料はいただくぜ。お前ら全部持ってけ!」

と山賊たちは食料をすべて奪い去っていった。


「明日はもっと大勢の護衛をつけることだな。ま、数を増やしたところでこの俺を止められないだろうけどな。それと、お前らの村に食料が届くことは今後一切無いから安心しな。あはははは」


最後にそれを言い捨てると、ハリヌも自分らのアジトへと戻っていった。



山賊たちがいなくなったら、さっきまでのが嘘のように、森が静けさを取り戻した。鳥の鳴き声が聞こえる。木々が揺れる音も聞こえる。そしてそこには、ただ、戦闘の傷跡だけが残っていた。


ハリヌが消えたことで、硬直の魔法が解けたように、部下たちの体が一斉に動き出し、一番にタラップのもとへと駆け寄った。


「タラップさん大丈夫ですか!!」

駆け寄った部下の一人が手をタラップの唇に当てる。そして耳を心臓に近づけた。


「まだ息がある!!急いで村の病院へ運ぶぞ!!」

タラップは部下たちに担ぎ込まれ、急いで病院へと運ばれたのであった。





タラップの治療中、部下たちは廊下でそわそわと待っていた。隊長の生死がかかっている。じっとはしていられなかった。


どれくらい経っただろう。ようやく治療室の扉が開き、中から医者が出てきた。

「どうでしたか?」

緊張した面持ちで部下の一人が医者に尋ねた。


ピーンと張りつめた空気が流れる。


その医者は、一呼吸置いてその質問に答えた。

「私たちができることは全てやりました。ただ、正直目を覚ますかどうかはわかりません。今生きていることが不思議なくらいです」

「そうですか・・・」

「とりあえず今後しばらくは様子を見てみましょう」

その医者は一礼をすると去っていった。


病室に入ると、タラップはベッドの上で静かに眠っていた。顔の傷が痛々しい戦闘の後を思い出させる。口には呼吸器をつけている。腕には火傷の後がくっきりと残っていた。


「隊長---!!!」

タラップを囲むようにして部下たちは泣き崩れた。この涙のベクトルは生死が危ないタラップでは無く、自分たちの無力さを嘆く涙であった。


その日一日中、タラップの病室からは部下たちの泣き声が夜通し聞こえたのであった。




山賊に襲われ、隊長であるタラップが意識不明の重体であるということはすぐにコトン村中に広まった。


ここトラス食堂でも、お客がする話といえば終始この話題でもちきりだった。



そしてもちろん、ヴィルとレオにもその情報は届いていた。

「あのタラップを倒すなんて相当強いよな?」

「そうだね。魔法も使うみたいだし」

「魔法使いか。俺たち二人ならそいつに勝てるかな?」

「タラップさんで無理なら僕たちは絶対無理だね」

「ならもっと強くならないとな!このままじゃ、このコトン村をそいつから守れないしな」

「だね!じゃあ修行を再開しようか」


二人はタラップでも勝てない相手がいるとは夢にも思っていなかった。そこで自分たちの世界の狭さを痛感した。


井の中の蛙になってはならない。つまりは大海を知らなければならない。そして今回、その大海にはタラップを超える強者がいることを知った。


これは、蛙が井の中から飛び出すきっかけを与えてくれたんだ。


今日の二人の修行はいつも以上に気合が入っていた。




ここケププ家では重い空気が流れてた。

「まさか、タラップさんがやられるなんて。これは私の責任でもある。私がタラップさんにお願いしたばっかりに」

「あなた、自分を責めないで。誰も悪くないわ」

ルビーは、自責の念に駆られているラトールを心配した。


「一体どうしたら、どうしたらいいんだ!!」

ラトールは強くテーブルを叩いた。

そして、このどこにも行かない感情を一体どこにぶつければいいのか。


「そうだ、少し遅くなったけどお昼にしましょう。ちなみに今日のお昼はパスタよ」

「あぁ、そうだな。お昼にしようか」

ラトールは階段を下り席につくと、遅れてリーナも下りてきた。


『いただきます』

せっかくのルビーお手製パスタではあったが、ラトールにはパスタの味など感じられなかった。


「お父さん大丈夫?どこか体調でも悪いの?」

ラトールの目は虚ろで、焦点が合っていなかった。まるで魂を抜かれた後のように。

「ああ、お父さんは大丈夫だ。リーナありがとう」

ぎこちなくリーナに微笑みかける。

もちろんリーナがラトールの心の内を知る由もなく、「ならよかった」とにっこりとすると再びパスタを食べ始めた。


パスタを食べ終えると、ラトールも少しは元気になった。

そして部屋に戻り、もう一度この問題の解決策を考え始めた。

この問題を解決してこそ領主であり続けられるのだ。

だから、自分の領主としてのプライドにかけても絶対に解決策を見出せなければならなかった。


いまや、コトン村のほとんどの飲食店が店を休んでいた。

未だ営業を続けているトラス食堂もいつ店を閉めるかはわからない。もしかしたら明日いきなり休みだすかもしれない。

そうなったら―――――。



頭を抱えながら考え込むラトールであったが、ふとある疑問がわいた。


―――どうして、山賊たちはこちらの運搬ルートを把握しているんだ―――


確かにラトールの言う通り、コトン村へ食料を運ぶ馬車のルートは毎回変更されていた。もちろん、山賊たちの奇襲を受けずに、安全に食料を運ぶためだ。それなのに、山賊たちは毎回待ち伏せをしている。まるでこちらの運搬ルートを事前に知っていたかのように―――。


このルートを知るものは私と商人らとそして食料を受け取る飲食店の人たちだけだ。

まさかこの中の誰かが情報を――――。


ラトールの顔が曇った。





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