第7話 戦術
護衛を引き受けたクロヴィスは馬車を囲うようにして歩いてた。タラップは馬に乗り、馬車の真横を並走した。
出発してから今まで特に不審な点は見つからない。このまま何も起こらずにコトン村へと到着するのではないかとそんなことを考えていた。
山道が一層険しくなり、道の両側を山の斜面が挟みだした。
「この後はどうですか?」
タラップが御者に訊いた。
「このままひたすら一本道です。そしてこの山道を抜けるとすぐにコトン村に着きます」
「わかりました」
タラップは山賊になり考えてみた。もし自分が山賊ならいつ襲うだろうかと。今までも山道だったが見晴らしがよかった。だからそこでは襲わないだろう。
もし襲うならば私はこの道の両側を山の斜面で挟まれたこの場所で馬車を奇襲するだろう。山の上に潜伏していてちょうど自分の真下を馬車が通ったところを襲う。
タラップは斜面を見上げた。木々が立ち並び草木も生え、隠れるにはもってこいの場所だ。
「ここは逃げ場もなく危険だ。さらに注意を引き締めよ!」
出来ることとして部下たちに喚起を流した。襲われる準備をしているのとしていないとでは被害の大きさも異なる。
そしてその言葉はタラップ自身に言い聞かせるためでもあった。
ここが危険な場所だからと言って足を速めるわけにはいかない。馬のペースもあるし、それに万が一馬車が横転したら元も子もない。だからこのゆっくりのペースを維持しなければならなかった。
風邪で草木が揺れる。そのたびにタラップは不安に駆られた。本当に伏兵がいるのではないか。そして斜面を見上げるがどこにも潜んでいる様子はなかった。
しかし安心などできない。焦燥感が膨れあがるだけだった。
「来るぞ!!」
しばらく進んだところでいきなりタラップは叫んだ。
理由はない。長年の直感がそう言っていた。
そして叫ぶと同時に斜面からクルトたちが走り下りてきて馬車の行くに立ちふさがった。
御者は馬車を止める。
「いそいでこの場から離れてください」
タラップが言うと、馬車に乗っていた人たちはみな馬車を負いて斜面を駆け上がっていった。
クロヴィスたちは山賊と馬車の間に入り込む。
山賊たちは道幅いっぱいに広がった。
それを見てタラップはつばを飲み込んだ。
山賊たちの数が多かったのだ。クロヴィスはタラップを含めずに十人なのに対し、山賊たちは二十人以上いた。
クルトが一歩前に出てきた。
「クロヴィスさんよ。大人しくその馬車をこちらへよこしな。そうすれば怪我をしなくて済むぞ」
脅すような口調で言った。
しかしタラップは全く動じていなかった。
「それは出来ない。この食料はお前たちのような者のためにあるのではない。怪我をしたくなかったら大人しく武器を捨てるんだな」
山賊たちが笑いだす。クルトも腹を抱えて笑っていた。
「おいおい、まだ自分の立場が分かっていないようだな。よしお前ら、行くぞ!」
クルトの掛け声とともに山賊たちが一斉にこちらへ向かってきた。
クロヴィスと剣を交える。しかし、徐々にクロヴィスが押され始めた。数は暴力とはまさにこのことだ。
クロヴィスは頭を悩ませる。この状況を覆すにはタラップの力量が試さる。数の差を埋めるためには戦術が必要だった。
かの織田信長も、桶狭間の戦いでは見事奇襲という戦術を持って少数ながら今川義元を討ち取ることができた。
タラップは考える。そしてある一つの作戦を思いついた。
「全員、二列に並べ!」
クロヴィスたちが五人ずつの二列に整列する。
「回れ!!」
その合図で二列がキャタピラーのように回りだした。
「なんだ?これは一体」
クルトは首をかしげる。回ったところで意味なんてない、と思った。
しかし、タラップの作戦が見事的中する。
劣勢だったはずなのに徐々に山賊たちを押し返し始めたのである。
「俺たちが押されているだと!?お前ら巻き返せ!このままじゃ負けてしまう!!」
クルトの嘆きも虚しく、山賊たちは見事押し返され前線を大きく後退させられた。
「いったい、いったいどういう作戦なんだあれは!!」
クルトがタラップをにらみつける。
原理は簡単だった。ここは周りを山の斜面に囲われているために横に広がることは不可能だった。つまり、数は違えど山賊とクロヴィスが交戦する表面積は同じなのである。
そこでクロヴィスたちをキャタピラーのように回すことで山賊たちは毎回別のクロヴィスと剣を交えなければいかなくなった。戦っていたと思った相手の隣から不意打ちが来るのだ。しかも毎回。山賊たちの精神が削れていった。
さらに後列でクロヴィスは休むことができた。
この二つの利点が数の差を感じさせないほどの戦いとなり、さらに山賊を押し始めたのだ。
それを後ろから見ていたタラップは笑みを浮かべた。
「このままやりあっても結果は見えているがな」
クルトが怒りと悔しさの表情でタラップを睨みつけた。
このままでは山賊の全滅が目に見えていた。しかし、お頭に言わずに来てしまった。このまま手ぶらで帰ればどうなるかはわかっていた。それを考えるだけで鳥肌が立つ。
クルトは重々に悩みこんだ末、退却の命令を出した。
山賊たちは一斉には走り逃げようとしたその時、一発の
それはタラップ目掛けて直進する。
タラップは反射的に剣を抜き去るとその
「誰だ?」
タラップが遠くを見る。すると一人の男がこちらへゆっくりと歩いてくるのが分かった。
その魔法を見てクルトは氷のように動かなくなった。この魔法の主は一人しか考えられなかったからである。
ゆっくりと後ろを振り返る。やはりクルトの予想通りだった。
「お頭・・・」
クルトは今にも泣きだしそうだった。この男が山賊たちのお頭、ハリヌである。かなり体格がいい。それだけで迫力があった。
「帰りが遅いと思って様子を見に来たがまさかこんなことになっていたとは」
ハリヌはクルトの元へ近づいた。
「俺の所にクロヴィスがいたという報告が来ていないんだが?それはどういうことだ?」
「すいません・・・」
震える声で言った。
「後でゆっくりお話ししようか」
クルトの肩をポンポンと叩くと、ハリヌはクロヴィスたちの前まで来た。
「俺の手下どもが世話になった。でもやられっぱなしってのものなあ?」
クロヴィスたちが剣を構える。しかし、タラップが後ろから歩いてきた。
「お前らの相手になるようなやつじゃない。それにあいつは魔法使いだ。ここは私に任せて」
タラップが剣を構えた。
「おいおい、隊長さんが直々にお出ましかい。まあ手間が省けたからいいか」
唇をなめると右の手のひらをタラップに向けた。
「
瞬間、赤い炎で纏われた玉がタラップに放たれた。
タラップは剣で防ぐ。ただ防ぐのにも一苦労だ。
「ふん、そこそこはやるようだな」
ハリヌは鼻を鳴らした。
「それはそうだ。私は隊長だからな。これくらい防げないと隊長失格だ」
「それなら今度は防げるかな?」
「なに?」
「
再びハリヌが放つ。先程よりも一回り大きい。
タラップが剣で防ごうとしたが、今度は
「あぁあああああ」
タラップが大きな叫び声をあげた。
『隊長!!』
部下が心配して駆け寄ろうとしたが、炎の勢いが強すぎて近づけない。
「これで終わったな」
炎が消え去ると、そこには傷だらけのタラップが倒れこんでいた。
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