第6話 コトン村支部隊長
トラス定食はこの店のメインメニューであり、その日ごとにメニューがかわるトラスの気まぐれ定食であり、その人気はほかのメニューを差し置いて、堂々の一位であった。
今日のトラス定食のメニューは山の野菜をふんだんに使った、野菜炒め定食である。かなりのボリュームではあるがこれで600ギーロと庶民の財布事情にも優しい値段となっていた。
『いただきます』
がぶっと野菜を口にほおばった。とたんに口の中に野菜の香ばしさが広がる。さらに黒コショウの衣装を身にまとった野菜たちが口の中で踊り始めた。
それはまるで野菜たちの舞踏会である。野菜たちとともに三人も知らずのうちにその舞踏会へと招待されていた。
ヴィルはニンジンとレオは玉ねぎと、そしてリーナはほうれん草と手をつなぎ大きなホールの中で踊り始めた。
でも、もうすぐで真夜中の12時、魔法がとけてしまう。時計の針はちくたくと進み、12で長針と短針が重なった瞬間、三人は現実へと戻ってきたのであった。
その時には三人ともぺろりとトラス定食を完食していた。
「あーうまかった」
ヴィルが満足そうな笑みを浮かべて腹をさすった。少しだけ腹が出ていた。
「僕は今日のトラス定食が一番好きだな」
「そう?やっぱり私はお肉が無いとなんかもの足りないわ」
少し不満そうにリーナは頬を膨らました。
「それにしても今日は混みすぎじゃない?どうしてこんなに混んでいる?」
その横でうん、とレオが頷く。
店の中の席は満席、さらに外には待機列まで出来ていた。
いつもじゃまず考えられない。
「たしかにそうね。こんなに人気だったなんて知らなかったわ」
「でも今日は平日の昼だぞ?人気とはいえこんなに混むかな」
三人は怪訝そうに店内を見渡した。しかし、特にこれと言った原因を掴むことは出来なかった。
「待っている人もいるし早めに出よう」
三人はお会計を済ませて店を出た。
コトン村にはひと際大きな建物がある。外壁は深緑色で染められた四階建ての建物だ。
ここはクロヴィスコトン村支部である。クロヴィスとは魔法警察のことだ。
クロヴィスは世界規模の組織であり、本部はとある山の中にある。クロヴィスの制服は深緑であり、階級によって服装が異なる。
つまり、見ただけでその人の階級がわかるというわけだ。
ちなみに上に行けば行くほど制服はカッコいい。
その四階の一番端に隊長室があった。その隊長室でラトールと隊長がテーブルを挟んでソファに座っている。
「・・・そうですか」
隊長はラトールから全てを聞くと深くため息をついた。
初めて聞く内容だった。
「私が今日タラップさんにお会いしたかった理由はこれです。どうかこの問題の解決をお願いします」
ラトールは頭を下げた。もう少しでテーブルに頭が付きそうになる。
タラップはあごに手を当てて少し考えこむ。すぐに返事したかったが、内容が内容だけに解決の糸口が全く見えなかったのだ。
ここで下手に期待を持たせてもならない。
タラップの顔のしわがより一層増えた気がした。
ラトールは頭を下げたままタラップの返事を待った。手に汗を握る。ラトールにはタラップが最初で最後の頼みの綱だった。他に頼れそうな人はいない。
しばらく沈黙が続き、ようやくタラップが口を開いた。
「分かりました。我々クロヴィスが全力で問題解決にあたりたいと思います」
それを聞いてラトールは嬉しそうに顔を上げた。
「ありがとうございます!」
ラトールの顔が明るくなった。
「こちらこそラトールさんからの情報提供感謝します」
「いえいえ、領主としての責務を全うしたまでです」
これが問題解決の一歩になればいい、そう思った。
「早速明日から我々が護衛に当たり、しばらく様子を見たいと思います。ですので馬車の運搬ルートを教えていただけますか?」
「分かりました。明日は―――――」
ラトールが詳細を伝えると、「それでは明日よろしくお願いします」と言って隊長室を後にした。
ラトールが家の前まで来るとちょうど帰ってきたリーナと鉢合わせした。
「おおリーナ、今日はどこへ行っていたんだい?」
「今日は、ヴィルとレオと三人でトラス食堂に行ってお昼を食べた後、三人で釣りをしてきて、今帰ったとこ」
「トラス食堂?なぜまたあんな遠くまで」
トラスが不思議そうにリーナを見た。
「だっていつもの店が休みだったんだもん。なんか食料が運ばれてこないから仕方なく休みにしたんだって言ってた」
「あぁ、そうか・・・」
ラトールは改めてこの問題の早期解決をしなければならないと思った。
コトン村への食料は馬車と数人かの商人によって朝早くに運ばれてくる。そのため警備は薄い。それゆえ毎回人目につかない道を選んでいる。今日は山道ルートを通ってた。
その馬車を山の上から見下ろす複数の影があった。腰には剣をぶら下げている。服装からするに山賊だろう。
そこへ偵察を終えた山賊が一人帰ってきた。
「クルトさん!クルトさん!事件です!」
その山賊はとても慌てていた。
「どうした?何があった?馬車でもひっくり返って食料が全部だめになったか?」
「そうではありません!なぜか、今日の馬車にはクロヴィスの奴らも一緒なんです!!」
「何だと!?」
今までクロヴィスが護衛したことなんてなかった。
「クロヴィスの野郎、余計なことしやがって」
クルトは顔をしかめた。このままでは食料を略奪できないかもしれない。
「クルトさんどうしますか?お頭に伝えますか?」
「いや、お頭には伝えなくていい。変な心配をかけたくない。ここは副頭のこの俺がこの場を指揮する」
「わかりました」
クルトは他の山賊たちに目をやった。
「お前ら、クロヴィスがいようといまいと関係ない。いつも通り馬車を襲い、食料を強奪するんだ。いいな?」
全員がうなずく。
クルトたちは馬車が自分たちの目の前まで来るのを、まるで獲物を待つ蜘蛛のように、静かに待った。
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