第5話 トラス食堂
日が昇るとともにコトン村の新しい一日が始まる。今日も快晴、雲一つない気持ちいい天気であった。
ボナは布屋に向かい店の準備を始めた。昨日は布があまり売れなかったので、今日はその分を取り返そうと張り切っていた。
台の上の布を綺麗に並べているといつもあの日のことを思い出しす。
そう、10年前ヴィルを拾ったあの日だ。赤ちゃんの泣き声が聞こえて、布をとるとそこにヴィルのかわいい顔があった。
「今日も赤ん坊はいないわね」ボナがぼそっと言った。
ボナは赤ちゃんがいることをひそかに期待していた。
出来れば次は女の子の方がいい。そしたら一緒に布屋を手伝ってもらおう、と妄想を膨らませた。でもあの日以来赤ちゃんがボナの目の前に姿を現すことは無かった。
「ばあちゃん、行ってくる!」
ボナの横をヴィルがさっそうと走りぬけた。
「いってらっしゃい、気を付けるんだよ」
うん、とから返事をするとヴィルはさらに加速していった。
向かった先はいつもの芝生である。ヴィルが芝生に到着するとちょうどレオも今来たところだった。
「おはようレオ」
朝から元気なヴィル。
「おはようヴィル」
レオは小さくあくびをした。慌てて手で口を覆った。昨日はなかなか寝付けなかったのだろう。
「眠いのか?」
「ちょっとね、でも大丈夫。さあ、修行を始めよう」
うん、と頷くと二人は修行を始めた。
太陽が真上まで来た時、ヴィルが言った。
「今日はここまでにしよう、いいよねレオ?」
「そうだね、じゃあ今日はここで終わろう」
二人とも汗だくだった。今日は天気が良すぎて午前中だというのにすでに暑かった。午後はもっと暑くなるだろう。
ヴィルのお腹がぐーっと鳴った。
「あーお腹すいた。レオなんか食べに行こうぜ」
朝食をちゃんと食べてくれば良かったなと思った。
「僕はまだお腹は空いていないかな。朝もちゃんと食べてきたし」
自分の腹を見ながら言った。今日の朝はスラ特製のサンドイッチだった。レオはスラの手料理の中でこれが一番好きだった。
他のサンドイッチと大きく異なるのは、パンに揚げた魚が挟まれていることだった。
そうか、とヴィルは残念そうにした。今日の昼はレオと一緒に料理を食べに行こうと思っていたからだ。
でも一人なら食べに行く気にはなれない。それなら家に帰ってボナの作った料理を食べよう。
別にボナの料理がまずいという訳ではない。むしろおいしい。けれどたまには他の料理を食べたかったのだ。
その時、レオのお腹がぐーっと鳴った。しかもかなり大きな音だった。レオは恥ずかしそうにお腹を押さえる。
その様子を見て隣でヴィルは小悪魔的な笑みを浮かべた。
そして結局は二人で昼食を食べに行くことになった。
それならばリーナも誘おうということになり、まずはケププ家に立ち寄った。リーナに訳を話すと、喜んで家から出来てた。どうやらまだ昼食を食べる前だったらしい。
三人が向かったのは行きつけの飲食店である。名前はグジャン定食屋。ここの焼肉定食は村でも評判であり、休日のお昼時には列を作るほどだった。
幸い今日は平日。店の前には行列は出来ていない。
入り口の前まで来た三人はその場で茫然と立ち尽くした。ガラスの扉に「しばらく休みます」の紙が貼りつけてあったのだ。
三人の足元を冷たい風が吹き抜ける。
「休みかい!」
「そうみたいだね」
「ちょっと!空気を読んでよ!」
リーナがガンガンとガラス戸を足で蹴った。
グジャン定食屋は年中無休であり、今まで休んだことはほとんどなかった。今日はついていないな、そう思った。
三人は店の前でしばらく立ち尽くしているとそれを見かねた店主が店の中からおずおずと出てきた。どうやら店主はいるらしい。
店主の名前はグジャン。細身の五十歳くらいのおじさんだった。おでこのしわが目立つ。
「ごめんよ。今日からしばらく店を休むことにしたんだ。だから帰ってくれ」
申し訳なさそうにグジャンは言った。
「おっさん、どうしても食べれない?」
ヴィルがお願いをしてみる。グジャンはゆっくりと首を振った。
「あいにく食料がなかなか運ばれて来ないもんでね。料理を作りたくても作れないんだ。だからしばらく休むことにした。すまないね、せっかく来てもらったのに」
三人は仕方なくその店を後にした。
「次はどこにいくの?」リーナの顔は明らかに不機嫌だった。
「それじゃあ、トラス食堂はどうかな?少し遠いけどあそこに行ってみようよ」
レオが提案をしてみる。リーナを誘った手前、家に帰ることは後ろめたさがあった。
「あそこか、よし行こうぜ」
「分かったわ。今度こそはやってるわよね?」
たぶん、と曖昧な表現でレオが言った。レオもトラス食堂が営業しているかどうかはわからなかった。
三人は重い足取りでトラス食堂に到着した。もしここが休みならば他の飲食店を探さなければならなかったからだ。
しかし三人の心配は杞憂で終わった。トラス食堂はいつもどおり営業をしていたのだ。
「よかった。やってるみたいだ」
そうだね、とレオが胸を撫でおろした。事実、レオが一番不安でたまらなかった。提案した手前、もしトラス食堂も休みだったらと内心ひやひやしていたのだ。
「さあ早く入りましょう」
リーナが先陣を切って歩き出した。リーナの機嫌が戻った証拠だった。
店内へ入ると、かなり混んでいた。テーブルがほとんど埋まっていた。
三人に気付いた大柄な男が店の奥から顔を出した。
「おぉ、リーナちゃんたちじゃないか!空いている席に適当に座ってくれ」
この人がこのトラス食堂の店主のトラスである。
この混雑の中、空いている席なんてあるのだろうかと思いながらも辺りを見渡す。すると幸運なことに壁際の席が一つ空いていた。三人はそこの席に座った。
席に座るやいなや、女の子が注文を取りにきた。緑髪でショートカットが似合う女のだ。
「お、ミアちゃん!今日もお仕事お疲れ様!」
「ありがとうございます!最近中々会えてなかったので寂しかったんですよ。またこうして会えてミア嬉しいな」
ミアはにっこりスマイルをレオにお見舞いした。
レオの目がハートになる。
その横でリーナが「このロリコンが・・・!!」とミアには聞こえないほどの声で言うと、テーブルの下でレオの足を踏みつけた。
レオは反射的に一瞬痛がったが、ミアの手前、痛がるわけにもいかず苦笑いをしてごまかした。
しかしミアの目線からはテーブルの下が丸見えであった。
「それでご注文は?」
何もなかったかのようにミアが再度注文を訊いた。
「あっごめん。それじゃトラス定食三つお願い」
「わかりました」
ミアは注文を取り終えると、また別のテーブルへと向かっていった。
ミアの年齢は七歳。まだ幼い子供であったが仕事は器用にこなしていた。このトラス定食はトラスとミア二人で営んでいる。
料理をつくるのはトラスであり、ミアは注文を取り、料理を運び、後片付けをしていた。
二人だけでは人手不足かと思われるが、なんとか二人でやっていけていた。
しばらくて、ミアが小さな台車を押して来た。
「トラス定食三つです」
ミアが配ろうとするが、代わりにレオが三人分のトラス定食を配った。
「あっ、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる。
「いいよこれくらい。それにしても今日は混んでるよね」
「そうなんですよ、ここ最近急にお客さんが増え始めて、すごく忙しいんですよ。レオさんにも手伝ってほしいくらいです」
上目遣いをうまく使いミアがおねだりをしてみる。
「なら、僕が―――」
手伝おうかと言いかけた時、レオは足に激痛が走るのを感じた。。またリーナに足を踏みつけられたのだ。
思わず叫びそうになるけれどぐっと堪える。
「ではごゆっくりどうぞ」
ミアは厨房へと戻っていった。このままいてもレオが足を踏み続けられるだけだと思ったミアなりの配慮であった。
レオが踏まれた足をさする。
「リーナ、痛いよ。なにも踏みつけなくても」
しかしリーナはそっぽを向いたままだった。
「ヴィルからもなんとか言ってくれよ」
子犬のような目で訴えかける。
しかしヴィルもリーナにはなにも言えなかった。
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