第4話 マーロのホイル焼き

ルビーの作る料理はとてもおいしい。それは村の中でも有名であった。ルビーは元々一流料理店で働いていた。そこで、客として料理を食べに来たラトールと出会い、そしてそれが恋の始まりだった。


すぐに二人は結婚し、ルビーは一流料理店を辞め、ラトールが領主を務めるコトン村へと移り住んできたのである。まさに料理で旦那の胃袋を掴めとはこのことであった。


すでに台所からはいい匂いがリビングへと漂ってきた。三人がその匂いにかぎ惚れていると、その匂いを嗅ぎつけ二階から男性が下りてきた。


この人がコトン村の領主でありリーナの父親のラトール・ケププである。落ち着いた雰囲気の大柄な男だ。


「そろそろ夕食の時間だな。今日はなんだろうな。ほら、三人も席に着くぞ」

そう言われた三人はラトールに続いて丸テーブルに座った。


「それで今日はどっちが勝ったんだい?」

決まり文句のようにラトールは言った。二人が家に来るたびに最初に必ずこれを訊いていた。


「今日は俺が勝った!俺の魔法でズバババンって決めてやったぜ」

ヴィルがジェスチャーを交えながら自慢げに答えた。


「そうかそうか、今日はヴィルが勝ったんだな。よかったな。レオも次は勝てるようにがんばれよ!」

「はい!ありがとうございますラトールさん」

レオは丁寧にお辞儀をした。


「そこまでかしこまらなくていいぞ。まあでもその謙虚さがレオの良さでもあるか。あっはっは」


ラトールが高笑いする隣でリーナが「もう、大人にだけは礼儀正しいんだから」とほっぺたを膨らまし、レオのことを小さく毒づいていた。


「おまたせ!」

台所からルビーが料理を運んできた。その皿の上には銀色のアルミホイルがなにかを包んでいる。そしてそのアルミの隙間からはいい匂いがあふれ出していた。


「・・・海の匂い」

ラトールはすぐに気付いた。


「あなた正解よ。この中にはとある魚が入っているわ」

ルビーは意味ありげな笑みを浮かべる。


とある、というワードにラトールは引っかかった。一体何をもったいぶっているのだろう。

ラトールの頭の中はその魚が何なのかでいっぱいになった。


ヴィルはその匂いに負け、今すぐにでも自分のアルミをはがそうとしていたがリーナに「ヴィル!いただきますが先よ!」と制された。



遅れてルビーも席に着き、丸テーブルを5人で囲む形になった。


「それじゃ、いただきます!」

ラトールが手を合わせて言うとそれに合わせてリーナたちも『いただきます!』と元気よくあいさつをした。


すぐさま各々のアルミホイルをはがす作業へと取り掛かった。興味津々にアルミをはがそうとするラトールのことをルビーは凝視していた。


その銀色のベールをはがすとそこには黄色に輝く魚が姿を現した。その魚を見てラトールはすぐに気づいた。


「これは私の大好きなマーロではないか!?」

ラトールは興奮を隠しきれていなかった。その様子にルビーはとても満足そうにしていた。


ラトールは昔、一度だけルビーの働いていた店で偶然このマーロを食べたことがあった。あの味は今でも覚えている。なにせ初めて食べた味だったのだから。言葉で言えないけれどとてもおいしかった。


「そうよ、だからホイル焼きにしてみたの」

マーロは、モンシェル島でしか採れないモンシェル島原産の魚である。体長は1-2mであり、海の中を止まらずに睡眠中も泳ぎ続けるため、捕獲するのも困難である。


年中泳いでいるため身は引き締まり、脂がのっていて、口の中ではとろけてしまう程であった。


またマーロは珍魚として高値で取引され、お金持ちや一流料理店でしか出回らない高級魚であった。そんなマーロがこのケププ家で食べれるというのはおかしな話であった。


「偶然、私の元の働き仲間がくれたのよ。なんでも鮮度が落ちて傷ついていて売れないとかで」

ルビーの食に関する顔は広かった。流石、一流料理店で働いていたのはだてではないようだ。


マーロをナイフで一口サイズに切り、口の中へと入れた。

「あぁ、確かにこの味だ。これがマーロだ」

一噛み一噛み噛みしめるように噛んだ。そのたびに魚の脂が口の中であふれ出した。


「これで鮮度が落ちているのか。わからないもんだな」

果たして、それはマーロの魚の特質なのかそれともルビーの料理技術でそう感じさせているのかはわからないが、そんなことはこの際は関係なかった。


その横でヴィルはむしゃむしゃとマーロを食していた。

「ちょっとヴィル!あんたこの魚の価値わかってる!?なかなか手に入らない高級なものなのよ!!」

目を吊り上げてリーナが注意をするが、ヴィルの手が止まることは無かった。


リーナはため息を漏らした。

「少しはレオの食べ方を見習いなさいよ」


リーナが指さす先でレオはナイフとフォークを両手に持ち、それらを巧みに操りながら姿勢正しく食べていた。胸元にはどこか持ってきたのか、白いナプキンを下げていた。


「まぁ、ヴィルは食べ物には目がないからな」

「それでもせっかくお母さんが作ったのに味わって食べなさいよ!!」


もちろんこの声も届くこともなく、あっという間にヴィルの皿の上からはマーロが綺麗に姿を消していた。


「あぁー美味かった。やっぱおばさんの料理最高だわ」

ヴィルのお腹はぷっくりと膨らんでいた。


「それは作り甲斐があったわ。ありがとう」

ルビーが無表情で言った。


明らかにその言葉の裏には「おばさんって、あなた死にたいの?」と脅しも込められていたことにヴィル以外が気付いていた。


しかし、料理がおいしいのは事実。ルビーの料理を誉められたリーナも嬉しそうにしていた。


そうしてついには全員の皿の上からマーロが消えた。

『ごちそうさまでした』

夕食を食べ終えたヴィルとレオは挨拶を済ませるとそれぞれの家へと帰っていった。




外の明かりはすっかり消えて、静かな真夜中が訪れた。しかし、そんな中ここケププ家では二階の一室がまだ明かりづいていた。ラトールの部屋である


ラトールは寝ずに自分の机に向かって、仕事をしていた。その机の上にはいくつかの資料が散らばっており、ラトールはその資料を見ていた。


ラトールの部屋の明かりがついていることにきづいたリーナはラトールの部屋を訪れた。

「リーナはもう寝たわ。あなたもほどほどにして早く寝なさいよ」


「ああ、ありがとう」とラトールは振り向かずに返事だけをすると再び資料を覗き込んだ。


そんなラトールに対しルビーは心配になった。なぜなら今までラトールが夜更かしをすることはほとんど無いからだ。だからこそ余計心配になる


。なにか大事な問題が起きているのではないのかと。そして、思わず「なにかあったの?」と聞いてしまった。


それに対し、ラトールは沈黙した。ルビーは余計なこときいて怒らせちゃった!?と思ったが、ラトールの沈黙の理由は別にあり、この事実をルビーに伝えるかどうかで迷っていたためであった。


結果、ルビーにもこれを知ってもらったほうがいいだろうとラトールは口を開いた。


「実はここ二週間ほど、コトン村へ食料を運搬する馬車が何者かに襲われているんだ。そのせいでコトン村の飲食店は被害を受け、とうとう店を閉め始める所も現れてきたんだ。このままいけば、コトン村の飲食店すべてが店を営業できなくなってしまう。そういった報告がたくさん来ているんだ。一体どうやってこの問題を解決すればいいのやら・・・」


ラトールは頭を抱えた。それを聞いたルビーも深刻な顔をしていた。自分も飲食店の経験があるため、食料が運ばれてこないというのはどれほどつらいかわかっていた。


「タラップさんには言ったの?」

「いや、まだだ。明日相談してみるよ」

「うん、それがいいと思う。それじゃおやすみ」

ルビーはそう言って自分の部屋へと戻っていった。


しばらくして、ラトールの部屋の明かりも消え、ケププ家は完全に夜の闇と同化したのであった。




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