第2話 未来の魔法使い

次の日は昨日の雨もすっかり止み、暖かい日の光が雲をかぎ分けコトン村差し込んだ。新たな一日の始まりを告げる光だった。



この村に住むボナは布屋を営んでいた。自分で作ったものもあれば、他の地域のを仕入れて売っていた。


布の需要はそれほどなく、稼ぎは少ないものの五十歳過ぎの老人が生活するのには割のいい仕事であった。



今日も早起きをしてボナは自分の店へと向かった。地面がぬかるんでいる。昨日の雨のせいだ。


泥がボナの靴に付着する。歩くたびに靴が泥まみれになっていった。


だから雨は嫌いなんだよ、と内心吐き捨てた。雨が降るといつもこうだ。店にいくだけで汚れる。しかし、雨が嫌いな一番の理由は他にあった。



店に着くと、やはり昨日の雨でいくつかの布はだめになっていた。屋根しかないので被害がでかい。


それに昨日の雨は激しく縦降りよりかは斜め降りに近かった。そのために屋根が雨をうまく防げなかったのだろう。


これがボナが雨を嫌いな一番の理由だ。布屋にとって雨は天敵だ。雨のせいで布がダメになればもちろん商売に影響する。


「これじゃ商品にはならないね。また稼ぎがへっちまったよ」と大きくため息をついた。


そしてその後も文句をぶつぶつと言いながら商品価値の無いの布を集める。今日はいつもより数が多そうだ。

心の中で舌打ちをする。



すると突然「おぎゃー」とどこからか赤ちゃんの泣く声が聞こえてた。


「赤ん坊の泣き声・・・?」とボナは小さく呟いた。


しかしまさかこんなところに赤ちゃんがいるわけないとボナは作業を続けた。


幻聴が聞こえてくるなんて私も随分と年を取ったな、と思った。


しかしすぐまた「おぎゃー」と赤ちゃんの泣き声が聞こえた。二回も聞こえた。


これはどうやら幻聴ではないらしい。本当に赤ちゃんがいるのだろう。


ボナはゆっくりと声の聞こえるほうへ向かった。そして声の聞こえたほうへと来た。


そこには自分の布が乱雑に置いてあり、その布の一部が膨らんでいた。まるで何か入っているようだった。


そして周りの布には赤い血が付いていた。

なぜ血がついているのかはボナにもさっぱりわからなかった。


血の付く要素などどこにもない。それに昨日最後に見た時は血なんかついていなかった。ましてや布が膨らんでもいなかった。


恐る恐る布をめくった。

するとそこにはを赤ちゃんがいたのだ。本当にいたのだ。


ボナは言葉を失った。そしてゆっくりと赤ちゃんを抱きかかえた。腕の中に体温を感じた。


赤ちゃんは生きている。間違いない。


そしてボナは赤ちゃんの顔を見てにっこりと笑ってみせた。


今の時代、赤ちゃんが捨てられることは普通だった。


意図しない出産の場合や飢饉で養うことが出来ないときはよく捨てられていた。きっとこの赤ちゃんも一緒だろう、と思った。



ボナは生涯子供ができなかった。そのせいで夫に振られ一人で孤独に生きてきた。


そのなボナにとってこの赤ちゃんは神様から与えられたプレゼントであった。


「神様、ありがとうございます」

ボナは天を仰ぎ神様にお礼をした。日の光がとてもまぶしい。


そして天に赤ちゃんを抱きあげた。

布の間から男の子だということがわかった。


その瞬間赤ちゃんを包む布からペラっと一枚の紙きれが落ちた。


「おやっ?」とボナがその小さな紙を拾い上げるとそこには、ペンで名前が書かれていた。


《ヴィル・エ―――》


エの後は血が付着しており読むことが不可能である。


ボナは血がついていることに驚きつつも、「あなたはヴィルという名前なのね、ヴィル!」と嬉しそうにヴィルをぎゅっと抱きしめた。


しばらくヴィルを抱き続けてた後、ボナはヴィルを背中に担ぐと作業に戻った。なんだか今日は仕事がはかどる気がした。


鼻歌まじりに作業をしていると近くがやけに騒がしくなってきた。


「なんだい。せっかく人が気持ちよく歌っているというのに」

ボナが首を前に出して見るとボナの店の近くに大きな人だかりが出来ていた。


「なんだろう。こんな朝っぱらから人だかりなんて。珍しいね」

興味を持ったボナもその人だかりに向かった。


およそ二十人くらいがそこには集まっていた。一か所を囲うよに集まっていた。きっとその中心に目的のものがあるのだろう。


しかしボナの身長ではそこに何があるのかは見えない。仕方なく近くにいた長身の男に訊くことにした。

「何かあったんだい?」


その男は一瞬誰に効かれたかわからずに周りを見渡す。しかしすぐにボナを見つけその男は体を傾けた。


「実は地面に大量の血がついているんですよ」

「血ですか」ボナは背筋がゾクッとした。


「そうです。この血の量ではきっと血を出した本人は死んでいるでしょう。しかし不思議なことに、その死体がどこにもないんです」

男が声を落としていった。


「どこにもないだなんて死体が自分で動いたと言うんですか」

ボナが冗談ぽく言ったが、その男は表情を変えずに言った。


「多分誰かが死体を持ってったのでしょう」

「でもなんのために?」

「それをみんなで今話しているんですよ」

そう言って、ぺこりと会釈するとその男は別の男と話し始めた。



普段はあまり首を突っ込まない方であったがこの時ばかりは興味がわいた。


そしてどうしてもその血をこの目で見たくなった。小柄な体系を生かして人をかぎ分けながら一番前まで来た。


問題の地面を見た。ボナは息を飲んだ。予想していたよりも血が多かったのだ。



昨日の夜は雨が降っていたので少しは血も流されただろうがそれでも地面が真っ赤に染まっていた。


確かにこの量なら死んでいるだろう。あの男の言っていることは誇張している訳でもなかったのだ。


でもどうして死体を連れ出す必要があったのだろう。もしかして見られてはいけない理由があったのだうか。


でもそしたらその理由はなんだ。

ボナなりの推理が始まった。


しかしボナは老婆、脳の回転が追いつくはずもなく、ぐるぐると考えているうちに訳が分からなくなった。頭痛もしてきた。


「まあ、難しいことは考えないほうがいいか」

結局ボナは考えることをやめて、自分の店へと戻っていった。


行くときは気づかなかったが店の台にも血が付着していた。先ほどの血と色が同じなのですぐに分かった。


そしてそれはまるで誰かが台に寄り掛かっているようだった。


「ここにも血。でも一体なぜ?」

全く見当がつかない。

「そういえば血といえばヴィルが発見された布の周りにも血が付いていた。それにヴィルの名前の書かれた紙にも血が付いていた。これがさっきの大量の血となにか関係があるのか?」

ボナは独り言をぶつぶつと言い出した。


その日はずっと頭からそのことが離れなかった。しかしいくら考えても謎が深まるばかりで答えにはたどり着けなかった。







――――十年の月日が流れた。

ヴィルを拾ったあの日からボナは一人でヴィルを育てた。そのヴィルは今や十歳。紺色の髪に綺麗な紺色の目をしている。


ボナにとっては孫のような存在だった。生活がヴィル中心の暮らしとなっていった。


六十歳を過ぎた今でもボナは布屋を続けていた。

年老いてもできるというのが布屋の利点でもあった。


売れ行きはまずまず。ただヴィル一人を養うのには十分であった。


ヴィルに拾ったことは言ってない。両親は幼い時に死んだことにした。それがヴィルのためだと考えたからだ。


もし自分が親に捨てられ拾われたのだと言ったらどうなるだろう。きっとヴィルは傷つく。


そう考えたボナなりの優しさだった。

でもいつかは打ち明けなければならない日がくることもわかっていた。




今日の天気は良好、太陽が顔を出していた。気温は高いが適度な暑さである。


窓の外から天気を確認したヴィルは、

「ばあちゃん、出かけてくる!」

と家を飛び出して行った。



ヴィルが向かった先はコトン村の近くの芝生であった。そこでヴィルは友達を待っていた。


「おっ、来たか」

ヴィルの視線の先には一人の男の子がいた。


「ヴィルごめん、待った?」

「俺も今来たところ」

この少し遅れてきた男の子はヴィルの友達であるレオである。ヴィルと同じく十歳。


茶色の髪に茶色い目をしている。腰には剣をぶら下げていた。


レオは三年前この村にやってきた。親の記憶はなく、物心ついた時からクウというおっさんと二人で暮らしていた。


しかし、その三年前、クウの事情でレオはクウの知り合いであったコトン村に住むスラのもとへと引き取られた。


それで今はスラと一緒に暮らしてる。


二人と老婆に育てられるという似た境遇からすぐに意気投合しすぐに友達となった。


「それじゃ、始めよう」

ヴィルがそういうと二人とも戦闘態勢に入った。


レオは腰の剣を引き抜き構えた。まだ剣がレオの身長とは合っておらず、異様に長く感じられる。


同じくしてヴィルも構えた。しかしその両手には何も持っていない。


「それじゃ、いくぜ!」ヴィルが勢いよくレオめがけてダッシュを仕掛けた。それをレオは正面に構えると上から剣を振り落とした。


それなりの体格差のあるにもかかわらず、その剣はシュパッと空を切った。


レオのこの剣術はクウに教わったものだ。物心ついたころからレオは剣を振っていた。


だからクウはレオにとって剣の師匠である。


ヴィルはそれを横に素早く避けると、レオの背中に右手の平を向けて「青玉ブルーボール!!」と唱えた。


すると空気中に瞬時に水が渦巻く球状の物が形成されそれはレオの背中に向かって放たれた。


それを読んでいたかのようにレオは振り向かず、剣で背中をガードすると瞬時に回転しヴィルがいるであろう場所へ横斬りを放った。


それをヴィルは先程作り出した青剣ブルーソードで受け切ると、その青剣ブルーソードは無数の水滴に変わり、はじけ出してレオの視界を覆った。レオは思わず目を瞑った。


その一瞬の隙をつかれ、レオが目を開けた時には勝負が決していた。


「僕の負けだよ」悔しそうにレオは剣を離した。

にひっとヴィルは白い歯を見せていた。



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