歴史売りは記憶が愛しい

笹師匠

歴史は重々しい、鉄屑の如く

それは高層ビル群では無いが、工場の煙突でも無い群がりであった。

いずれも背の違う頭を並べているそれは蛇の如く列を成して、まるでこれから葬式にでも行かんと言う様な厚い黒コートを一様に羽織っている。果たしてそれらは何処へ行こうと言うのか。無機質な壁のかげから見ていた少年は、不思議に思いつつ様子を見ていた。

「ねぇオジサン、貴方達はどこにいくの?」

『何処だろうね、私らは誰も分からんよ』

変なの、と言ってしまった後で少年は『しまった』と思ったが、その老父はもう黒コートの一団に紛れ行方が知れなかった。少年は仕方なく自分の居住棟に戻る事にした。




その頃はまだ、少年は何も知らなかった。

大きな時代の変遷へんせんがあり、彼もまたその渦中で荒波に飲まれた。

少年は人並みに友を作り、働いて社会に組み込まれ、物語にある様な恋もした。

いつしか彼は『大人』になった。変わりすぎた社会から人知れず姿を消し、何層にもなった世界の底で細々、の第一歩として【贋物ニセモノの歴史】を売る商人となったのである。


彼のぢんまりとした店には今日も、汚れた記憶を消さんと人々が迷い込む。

彼らが望んだ先にある、商人の計画とは?




[1人目・鉄屑商のバッカス]


商人が店を初めて5日経っただろうか。彼は元より一月程ひとつきほどは客足が無いだろうとぼんやり思っていたから、隣のマンションに住む鉄屑商が店先に来た時にはとても驚いた。表情にこそ出さなかったが、初めての客となる男はヤケにニコニコして商人の元にやって来た。いやに脳裏にこびり付く笑顔である。

「どうだ、儲かるか」

「いいえ。始めて5日経ちますが一人も客はいません」

「だろうな。歴史を売るたぁどんなモンか、まるで見当も付かねぇよ」

痛い所を突かれた、と歴史売りは思った。自分でもそう薄々思っていたが、『歴史を売る』という職がそもそも無い故か、自分ですらこの文句が正しく伝わっているか不安だったのである。


「簡単に言うなら、この店で売っているものは全て、過去を変える道具です。変えたい過去によってオーダーメイドですから、若干値は張りますけれど」

「……アンタ、幻術師か何かか?過去を変えるなんてうまい話あるわけねぇだろ」

「幻術ではありません、科学です。虚構フィクションでなく真実リアルですから、夢の様に醒める事もございません」


鉄屑商────バッカスはまだ訝しんでいたものの、必死に売れないものを売るこの男の事がなんだか可哀想に思えてしまって、半ば口車に乗せられる形で過去を変える道具を一つ注文してしまったのであった。


数日後、バッカスの家に段ボール箱が届いた。彼はその材質を見るのが久し振りだったからか、恐る恐る手に取って素早くテーブルまで持って行った。そうして丁寧に梱包を切り外して、中にある物を取り出す。


プラネタリウムの様な形状をした、映写機にも近い感じのする奇妙なカラクリであった。その見た目だけでも、ガラクタにしておくのは惜しいな、とバッカスは思った。

さて、彼は箱の底に注意書きの添付された手紙があるのには気付かず、その枢をカチャカチャ弄りまくってしまった。一瞬彼は『変な所を押してはいないか』と焦りもしたのだが、特別変わった様子の無い枢を見て勝手に安心し、油断し、騙されてしまった。

その時もうすでに、彼の過去を変える手筈は整っていたのである。


バッカスはそうとは知りもせず、偶然押してしまった起動ボタンにも気付かず、彼の人生最悪の思い出がじられた28年前に転送されてしまった。果たして彼は無事に戻って来られるのか……。

商人はその始終を、枢に取り付けた超小型カメラでぼんやり眺めていた。極めて無感情に、無関心に。

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歴史売りは記憶が愛しい 笹師匠 @snkudn

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