第5話 勇者と魔王

「勇者よ。なぜ俺を殺さなかった」

 彼女は一切喋らなかった。仕方なく、今は人のいなくなった城の王座に腰を下ろす。しばらくして、彼女は誰に言うでもなく、ポツリと呟いた。

「貴方を倒す理由を見い出せなくなったから」


 変わった勇者もいたものだ、と思う。

「俺が魔王。お前は勇者。それだけで理由は十分だと思うが」

 他にどんな理由があるというのだろうか。彼女は言った。

「貴方は魔王ですが、だからといって倒す理由を見い出せなくなったのです。思い起こせば、勇者として生まれついてから今まで、魔王は倒すべきものして言い聞かせられ、私も疑うことなく信じてきました。ですが……貴方を見て、それが正しいのか分からなくなりました」

 彼女の純粋な青い眼が、俺を見つめている。ただそれだけなのに。居心地が悪くなるような、うずうずするような。そんな落ち着かない気分にさせられた。


 俺も、彼女と同じだった。お前は魔王だと言われ、悪事を良しとして散々言いくるめられてきた。けれど、俺の場合は、そんな事は右から左へ受け流した。ただただ勇者一行が来るのを待ちわびていた。この退屈で最悪な生に、終わりをもたらしてくれる者を待ち望んでいたのだ。


「よく思い起こしてみたら、魔王の貴方が何か悪事を働いたというのを聞いたことがないのです。だから、討伐するに値する存在なのか、分からなくなりました」

 そう言う彼女の頬に、そっと右手を添わせる。ぴくっと、彼女が震える。あたたかい人肌が、妙に心地良い。

「勇者よ。俺をこの呪縛から解放してくれ」

 彼女は首を縦に振ろうとはせず、黙りこくってしまった。しばらくの沈黙。俯いた彼女が、急に上を向きこう言った。

「そうです!貴方が悪い存在でないと証明すれば、皆も考えを改めるのではないでしょうか!」

「……へ?」

 あまりに斜め上の勇者の発言に、魔王らしからぬ間抜けな声が漏れ出てしまった。


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