~会話~ 音の下に流れゆくものとは?
「Under Current」Bill Evans & Jim Hall
デュオ作品。
音による会話。
実は、ものすごく名盤が多いんです。
本作は、その中でも最高級のもの。
ピアノとギター。
ビル・エヴァンスと、ジム・ホール。
優れたストーリーテラーである二人が、スタンダードの新解釈を示します。
タイトルは、アンダーカレント。
目に見えない流れ。底流。
そういう意味です。
1.「My Funny Valentine」
言わずと知れた、超名曲。
マイファニーヴァレンタイン。
ドラムとベースがいないので、必然音はスッカスカ。
ですが、彼らはそれを逆手に取り最小限しか語らないことで、
新しい音像を生み出しました。
顕著なのが、始めのテーマ部分。
メロディをオクターブで弾くエヴァンス。
その伴奏を務めるギターは、単音フレーズ。
つまり、二音だけ。
それとリズムだけで、ありありと感情を描き出しています。
ギターがアドリブの間、ピアノが支えに入るわけですが、
歯切れのいいコード弾きで、ハーモニーも簡素。
最低限しか色付けをしていないはず。
なのに、どこまでも色彩が豊かに思える。
それは結局のところ、鮮やかなのです。
全ての音に、意味を持たせることに成功している。
ギターのフレーズも聴いてください。
甘さ控えめの、展開力重視のライン。
その動きに、ピアノが完全に同調しているのです。
ジムホの考えを見抜いているかのような、完璧な演出。
おかげで、音楽が息をしています。
一つの生き物のように、明確な意思をもっています。
それはまた、逆もしかり。
ピアノのアドリブを伴奏するギター。
注目すべきは、エヴァンスの左手。
自分のソロに入った途端、ベースを抑えるのみに徹し、
色付けを相手に任せます。
そして、一巡が終わったところで、ジムホが仕掛ける。
四つ打ちの早いストロークが入ってくる。
するとエヴァンスは、右手を下げます。
メロディのみに集中し、全てを相手に委ねる。
これに気付いたとき、ビビりました。
まず、こんなギターの伴奏のスタイルを聴いたことがなかった。
ベースラインを抑えながら、高速でポジションを変え続ける。
頭がおかしいとしか言えない。
それに、コンビネーション。
どこまで互いを理解していればこんな芸当ができるのか。
ありえません。
そしてラストのテーマがギターなのも小憎い。
楽器の違いを感じさせる、見事な対比のです。
この曲だけでも、必ず聴いた方がいいです。
ジャズの神髄が、確かにあります。
2.「I Hear A Rhapsody」
甘美な、切ないメロディが特徴の名バラード。
テーマの装飾音が完璧。
ギターらしさが全開で、いなたい音をしています。
メロディアスな伴奏も素晴らしい。
前曲よりもしっかりと主要音を鳴らしており、曲の構成が明確。
しょっぱなから、狂おしいほどの愛しさがこぼれてしまいそう。
アドリブはエヴァンスから。
ギターは音を絞るかいなくなるかで、ほぼピアノソロに近いのですが、
フレーズが本当に良いです。
左手でベースノートを抑えながらのため、その分物語に意識が向いていて、
曲の世界観を豊かに表現しています。
あと、締めも最高。
二人のハーモニーが複雑に入り乱れ、拡散するように終わります。
3.「Dream Gypsy」
情感あふれる寂しい曲。
秋から冬、葉が舞い落ちる下で聴きたくなります。
ギターの音色が渋くて、本当に枯れ木のよう。
メロディも甘さ加減が絶妙。
飽きが来ません。
ピアノは三拍子を意識したリズミカルなもので、流れがある。
ゆるやかに変わりゆく景色を感じてください。
ジプシー、というタイトルも大事です。
彼らは定住の地を持たない身。
出会いや恋をしても、長くはもたない。
だからせめて夢の中では……。
という切なさが込められているのだと、私は思っています。
文句なく名曲。
4.「Romain」
穏やかな冬の晴れた日を思わせるテーマの前半部。
対して、暗く陰のある後半部。
そういう二面性を持つ楽曲です。
聴きどころは、まず二人のインタープレイ。
悲しみを背負ったような二律が絡み合い、より深いものを描き出します。
その間はベース音とメロディのみになるわけで、
なのに楽曲を乱すどころか広げてしまうのには脱帽です。
それから、エヴァンスのソロ。
左手を極力削り、右手に合わせるためだけに使う。
彼は常にメロディを重視していて、それに対応するハーモニーを右手で編み出していることがわかります。
途中からは、ローポジションのストロークや、密集したハーモニーが入ってきて、
重苦しさが増す。
最後はテーマに戻らないのも切なく、アレンジとして決まっています。
5.「Skating In Central Park」
セントラルパーク。
行ってみたい、わけでもない。
なんか人多そうですし。
私は、もっと小さな公園をイメージして聴きます。
スキャットしてても誰も咎めないような、人のいない奴です。
季節は、やはり秋から冬。
二人の音があまりに侘しいので、春夏は想像しづらい。
ただ、寒々しくはないです。
思ったより暖かな小春日和というイメージ。
可愛らしいテーマがトレードマークの、ワルツのような曲です。
リラックスした小気味いい演奏に浸ってください。
こまめにアドリブが入れ変わるのにも注目。
そして、そこまで素朴にやってきた終盤。
不意に二人の熱量が上がり、大きなエモーションが生まれる。
たまに訪れてみると、やっぱ自然っていいなぁ!
みたいなテンションの上がり方をします。
締めは少し捻って、コミカルに。
6.「Darn That Dream」
嫌な夢、が直訳で間違ってないはず。
とはいえ、曲は愛に満ちています。
多分、別れた相手を今でも夢に見て、
幸せを感じてしまった自分をなじっているのでしょう。
似たようなことって、ありますよね。
過ぎ去ったものを追いかけ続けてしまう自らの諦めの悪さに、
嫌気が射しながらもその甘美な誘惑に浸っていたいような。
そういう時は、この曲に代弁してもらいましょう。
上下の大きな美しいメロディ。
スローなテンポ。
温かく満たされているのに、どこか切ないコード進行。
様々な要素が一体となり、心を責め立てます。
最初のテーマ時、ギターが一人。
そこをよく聴いてください。
ソロなのに、単音を弾くのをやめない。
補助的に複音は混ぜるけれど、テーマの力だけで楽曲を動かし切ります。
大胆なアレンジです。
その後、アドリブは交互に取られるのですが、完成度が凄まじい。
甘くて、優しくて、愛おしくて、悲しい。
最高な楽曲解釈の応酬です。
アルバムを締めくくるのにふさわしい、まさに音の会話。
お互いを深く理解し合っているからこその芸当。
終わってほしくない。
そう感じさせてくれる、稀有なアルバムです。
まとめ
今回は、私の大好きなデュオアルバムの中でも輪をかけて好きな作品でした。
感傷的になりたいときに、是非!
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