~航海~ 壮大なロマンをあなたへ

「Maiden Voyage」Herbie Hancock


処女航海。

そう題された、ハービー・ハンコックというピアニストによる当アルバム。

今まさに海原へ漕ぎ出すような緊張感とスリル。

そして、冒険の香り。

壮大なロマンが、ここに始まります。



1.「Maiden Voyage」


表題曲。

四度で重ねられた現代的なハーモニー。

この曲以前では見られなかったものであり、その時点で意欲的であると伺えます。

浮遊した、息の詰まる緊張感。

どこかに解決しそうでしない。

何かが起きそうで起きない。

まさに今、波に揺られ、霧の立ち込める水平線の彼方を目指すようですね。


ハンコックのピアノは、打楽器的。

リズムを強く押し出してきます。

テーマは音数が少なく、ロングトーン主体。

これもまた緊張感を高めます。


当アルバムで常に注目してほしいのは、ドラムです。

ドラマーの名は、トニー・ウィリアムス。

神の子とまで謳われた、空間演出に長けたプレイヤーです。

彼のシンバルが常に推進力を与えています。

サウンドの核と言っていいでしょう。


ソロを取るのは、まずサックスのウェイン・ショーター。

作曲に優れた彼らしく、構成がしっかりしています。

要所にロングトーンを混ぜつつ、抽象的に吹く。


次はトランペットのフレディ・ハバード。

楽器の強みたるハイトーンを最大に活かすソロ。

骨太でコシのあるフレーズが、抜群の緩急から飛び出してきます。

彼のそういった変化に、臨機応変に対応するハンコックの伴奏にも注目。


そして、ハンコックのソロ。

一時的にトリオと同じ構成になります。

すると、ベースとドラムとが一気に変化を付けてきます。

ハンコックがソロに集中できるよう、二人で曲調を保っているのですね。

特に、ドラムを聴いてください。

シンバルの音色、打つ回数を細かく変化させ続けてコードを演出しています。

こんな芸当ができるのは、現代でも一人しか私は知りません。


一曲を通しての展開が素晴らしく、各々が弾くべきフレーズを弾いている。

おかげで散漫な印象は全くなく、まるで作曲されたもののようです。

完璧。


2.「Eye Of The Hurricane」


台風の目。

一曲目とは打って変わって激しい動きのある曲。

海を渡っていれば嵐に合うのは当然。

波が荒れ狂おうが、誰も助けてはくれません。

頼りになるのは、自分だけです。


テーマはペットとテナーのユニゾンとハモリ。

リズムが印象的です。


ソロは、ブルースと同じコード進行です。

最初はハバードですが、ハンコックがほとんど弾かないので、

ピアノレスのトリオみたいな気配。

ベースのロン・カーター。

彼のラインだけがコードを伝えます。

もっとも、ここでも化け物がドラムでハーモニーを叩いていますが。


ハバードは、アドリブがとにかくかっこいい。

潰れたロングトーンのところは、絶対に聴き逃がせません。


3.「Little One」


雄大かつ不穏なテーマ。

ハンコックのピアノが入って甘く色付いたかと思いきや、長くは続かない。

掴みどころのない曲です。

ただ、その分目が離せないような怪しさに満ちています。


輝くのはショーター。

彼の抽象的な音選びが、怪しげに光ります。

よく言われるのは、音色が変だと言うこと。

呪術的な香りがします。


ハービーも名演を見せます。

とても、妖しい。

ハーモニーが本当に複雑で、エキゾチックです。


ラストはベースソロの後にトーンダウンし、またテーマに戻る。

沈み込んでいくような流れが完璧。


4.「Survival Of The Fittest」


危険信号のようなピアノから始まるハイテンポの曲。

巨大な深海生物との戦いを想像してください。

イカです。


テーマ自体がドラムソロに近い特殊さ。

無音になって、不意に全員が戻ってくるので驚かされます。


曲調としてはフリーにも近い無骨なもの。

演出が凝っていて、リズムとドラムがとにかくフィーチャーされています。

トニー・ウィリアムスの才能の爆発に注目してください。


ペット、テナーからのピアノソロ。

現代音楽のようにクラシカルさで、ガンガンに攻めてます。

ベースすら抜けてドラムとのデュオなんですが、まあこれが凄い。

自然現象がそのまま音になったかのような深遠さ。

二人が人間とは到底思えません。

最後には爆発して終わり。


5.「Dolphin Dance」


一転してイルカとの戯れ。

スウィートなテーマが心を癒します。

きっと様々な困難を乗り越え、何かを手に入れた結果でしょうね。


この曲の核は、ハンコック。

彼のリズミカルなコードが、非常に映える曲です。

特に伴奏を付けている時の多彩さ。

アドリブ奏者の意図を正確に汲んで、展開を明確にします。

ベース、ドラムとのコンビネーションも抜群。


彼自身のソロは理性的で、整然としています。

同じようなモチーフを繰り返し、巧みに昇華させるのは彼の十八番です。


リラックスした、私自身お気に入りの曲。



まとめ


超ハイレベルな海洋アドベンチャー作品、いかがでしたか?

1965発売で、全曲ハンコック作。

驚くべき作曲力です。

もはやジャズというより、一つの組曲。

そう呼ぶのがふさわしいような、流れのあるアルバムです。


実は、ピアノ、サックス、ベース、ドラムの四人は、

マイルスの黄金クインテットメンバーなんです。

だから、連携が取れていて当然。

トランペットも名手で、マイルスの代役が務まる数少ないスターでした。

やはり、いいメンバーが揃えばいいものができる。

ということなのですね。

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