「The Melody At Night, With You」 Keith Jarrett

このメロディを夜に、あなたと――。

なんとロマンティックなタイトルなんでしょうか。


ピアノソロアルバムです。

魔人の如きピアニスト、キースジャレットさんが、

ジャズスタンダードを一人で魅せまくります。


とにかく選ばれている曲が最高。

繊細で綺麗で、時に閃光のようにほとばしる彼にふさわしい。

最高に物語的なアルバムです。



1.「I Loves You, Porgy」


前にも名を出した、ガーシュウィン作。

愛してる、という言葉そのままのストレートなラブソング。

その世界観を、一人で押し広げ続けます。

まさに恐るべきソリスト。


ソロアルバムというのは、一番作為的なものです。

全てを一人で賄うので、演奏者の脳内がそのまま出たものと言えます。


そこへきて、このキースジャレット。

クラシックも堪能な彼が、甘い曲を儚く、淡く色付けます。

その音楽への深い愛を、全力で感じてください。


曲の陰影や強弱を付けるのが非常にうまく、

コードに頼らずに展開することができます。

フレーズも本当にアドリブとは思えないレベルで、

今作に限れば非常にわかりやすい。


あと、特徴として、彼はテーマをきっちり提示するプレイヤーです。

そういうところが、日本での高い人気に繋がっているんでしょうね。


2.「I Got It Bad And That Ain't Good」


この曲は、前半のハイライトです。

とにかく最高なので絶対に聴いてほしい。

ああ、これがジャズ。

これがインプロ。

というのが一聴でわかりますから。


曲調としては、ウォームでジェントルです。

テーマが本当に美しく、それをどんどん発展させていく彼はより美しい。

そして、指が回る回る。

右手がもう、ぐるんぐるんです。

しかし、しっちゃかめっちゃかではない。

強弱やメリハリが完璧なので、どこまでもおいしく頂けます。

頭から尻尾までぎっしり詰まってます。


彼はこのアルバムで少し歌ってますね。

この『歌う』というのがジャレットの大事な要素。

彼、しょっちゅう弾きながら歌ってます。

よく志村けんとか、ダミ声とか散々に言われてます。

ですが、それこそが個性。

彼の演奏がどこまでも美しいのは、彼の心をどこまでも忠実に反映した結果。

なので、気にせずピアノを楽しみましょう。

なんなら、声まで楽しみましょう。


本当に展開に富んでいて、物語性が高い。

泣けます。ガチで泣けます。


3.「Don't Ever Leave Me」


なんか暗そうなタイトルですが、その実プリティな曲です。

童心に帰れます。

ジャレットは本当に純粋に音楽が好きなんですよね。

それがビシビシ伝わってくる。


4.「Someone To Watch Over Me」


この曲、ほんっとに……。

最高過ぎる。

なんかのビールのCMにも使われてましたね。

テーマが、神。

こんなメロディ思いついたらアカンでしょ?

なぁ、ガーシュウィン!!

お前こんな曲何個書いてんだよ!?

気持ち悪いよ、さすがに!!


という訳で、内容の話に戻ります。

煌びやかな、駆け上がるテーマ。

これがこの曲の肝ですね。

とにかく、高音。

高音をどれだけ効果的に聴かせるかが、出来を決める。

その点ジャレットはヤヴァイです。

天才。


5.「My Wild Irish Rose」


アイルランドの民謡らしいです。

シンプルかつクラシカルな雰囲気の曲。

ただ、そこはジャレット。

終盤に向けてどんどんと自分のものにしていきます。


丁度いいので、左手について話します。

左手は基本的に、独立した伴奏を務めるのですが、

ジャズでは案外そうでもないです。

ビルエヴァンスはその創始者で、

両手が一体になっていることがあの甘さを生んでいます。


ですが、ジャレットはかなり両手を分離させます。

右手のメロディは単音。

もしくはオクターブ。

左手はクラシックのように分散させるか、固めて弾くかで、

リズムを刻む。

結構カチカチした左手なんですよね。

でもそれが構成を明確にし、ガラスのような透明感を持たせています。


6.「Blame It On My Youth / Meditation」


若さ故に……。

みたいな耽美的な曲です。

結構ジャズピアニストが好んで演奏します。

『Meditation』とは、本来の題名ではありません。

おそらく、途中から曲の枠組みを外れ、

同じ部分を繰り返し続けるので、そのことを言っているのかと。


とにかく、胸が締め付けられる。

このアルバム全体そうですが、エモすぎて辛い。

繊細過ぎて頭より先に体が反応するんですよね。


7.「Something To Remember You By」


半音ずつ上がるメロディが特徴的な曲です。

そういうの、クロマティックとか言います。

パッシングノートとも言えますね。


半音っていうのは本当に、一番近くて一番遠い音なんですよ。

というのも、近すぎて不協和になってしまう。

だから繋げたり同時に鳴らすのを避けがち。

しかし、うまく用いればそれほど印象的なものはありません。


この曲では、それが非常にわかりやすく掴めるはず。

アウトフレージング(際どいフレーズ)も交えながらの、

カラフルな演奏が聴けます。


どこか不安定なのに、それが美しい。

この魅力がわかった時、あなたは一段上の存在になっています。


8.「Be My Love」


後半のハイライトその一。

くっそキャッチーなテーマ。

ベッタベタですが、それがいい。

それでいい。

緩急が素晴らしいので、甘くなりすぎません。


この人は本当に音色というか、タッチが好きで、

高音を叩くとき、低音を叩くとき、強弱、

本当に複雑に使い分けるんですよね。

まさにセンス。

心から音楽に心酔していないとできない事です。


9.「Shenandoah」


読めないタイトル。

だがそんなことどうでもいい。

後半のハイライトその二。

前曲よりも抑えめのテーマ。

ですが、本当にいい抑えが利いていて、

なんか中から溢れだしてきそうなんですよねぇ……。

曲調は優しいんですが、本当に切ない。

あぁ、人生……!!

って感じの曲です。


無償の愛とか、友情とか、そういう気高い感情が止まりません。

高尚で、尊くて、得難い。

失いたくないものを思わせます。


しっとりしていて、クラシカルで、低音が強くて、

そして盛り上がりでは高音が加わってくる。

その瞬間の感動たるや、抑えきれません。

ずっと我慢してきたのに、溢れだしてしまった。

そういう風に感じさせます。

本当にこの曲は凄い。

あっぱれジャレット。


10.「I'm Through With You」


ラストは子守歌みたいに可憐な曲。

あっさりと甘い、一粒のチョコみたいなもんです。

揺り動かされてきた感情に染みて、心地いいです。



まとめ


このアルバムは、本当に大好きで、

何回聴いたものか想像もつきません。

凄くレベルが高いんですが、手に取りやすい。

思わず再生してしまうんですよねぇ……。

何度聴いても感動できる最高の名盤なので、是非!!


文章についてもついでに。

執筆っていうのは、基本的にソロです。

なんでソロアルバムから得られるものは非常に大きいはず。

名手の間合いや、題材。

アクセントや、緩急。

全てがためになります。

本当に聴いてほしいです。

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