授業43 卒業の条件

「すぅぅ、はぁぁ。すぅぅ、はぁぁ」


 薫さんをベッドに戻した俺は、緊張を抑える為に深呼吸をしてからリビングへと足を踏み入れる。


 中に入ると青姉がソファに座ってエプロンを畳んでいた。


「どうだった?」


 目が合って、聞かれる。


「母さんも薫さんもベッドから落ちちゃってた」

「なんだそりゃ、二人とも寝相悪いんだな」


 青姉はおどけて笑う。


「はははは」


 青姉も俺をベッドに引きずり込むぐらいだから中々だよ。

 なんて言えるはずもなく、俺は愛想笑いを浮かべながら青姉の隣に座った。


「「……」」


 ひとしきり笑って俺達は沈黙する。

 カチカチという時計の音が部屋に響く。


「そ、それで青姉、は、話って?」


 耐えられなくなって俺は震える声で尋ねた。


「そ、それはその……」


 青姉はもごもごと口籠って俯く。

 ここで下から顔を覗き込むと昼に頭突きされた時の二の舞になってしまう。

 そう思った俺はなにを言おうか色々と考えて、最終的に青姉から話してくれるのを待つことにした。


「お、お昼の話の続きをしようと思ったんだ」


 数十秒後、青姉は顔を上げて話を切り出す。


「つ、続きって、や、やっぱり俺は振られるの?」

「ち、違う! そうじゃない!」


 俺が怯えて泣きそうになると、青姉は激しく手を振って否定する。動きが速くて手首から先がぐにゃぐにゃに見えた。


「俺を振るわけじゃないなら話の続きって?」


 全然検討がつかない。


「はぁ、私が振る以外の可能性だってあるだろ?」


 青姉は溜め息を吐いて言葉を発する。

 振られる以外の可能性……。


「ま、まさか身の程もわきまえず告白してきたバカ生徒としてネットに晒す気!?」

「ああもう、どうして鈴はそうネガティブなんだよ!」


 頭を掻いて髪を乱れさせながら、青姉は怒鳴り声を上げる。


「えっ、だって青姉が俺とはそういう関係になれないって言ったから」

「確かに言ったけど先生と生徒だからとも言っただろ!」

「う、うん」


 青姉に詰め寄られ、俺は気圧されて頷く。


「で、でもそれってどういうことなの?」


 お昼に言われたことをもう一度言われても、よくわからない。


「わかった。もういい。鈴は鈍感だからはっきり言う」


 青姉はじっと俺を見据える。

 そして、宣言通りはっきりと告げた。


「私は鈴と付き合いたい! でもそれが実現するのは、鈴が私の生徒を卒業してからってことだ!」


 迷いのない目で紡がれた言葉に俺は舞い上がる。


「あ、青姉、卒業ってどうすればできるの?」


 早く卒業して青姉の恋人になりたいけど、高校とは違って俺達には卒業の明確な基準がない。


「か、考えてない」


 目を逸らして答える青姉。


「じゃあずっと卒業出来ないじゃん」

「うぐっ」


 俺が非難の目をして言うと、青姉はばつがわるそうに小さくうめいた。


「い、今考えるから待ってくれ」


 俺の顔の前に右手を突き出し、左手は自分のおでこに当てている。


「わかった」


 俺は青姉の言葉に従い、素直に頷いた。


「…………そうだ!」


 数秒難しい顔で考え込んで閃いたのか青姉は手を叩く。 


「高卒認定試験に受かったら卒業っていうのはどうだ?」

「高卒認定試験?」


 初めて聞いた言葉に俺は首を傾げる。


「ああ、高校を卒業しなくてもそれと同等の学力があるって証明する為の試験だ。名前も試験だし、卒業の条件にするには丁度いいだろ?」


 良いことを思いついたというように、青姉は笑顔で説明した。


「そ、それって結構勉強しないといけないんじゃない?」


 俺は受かるか不安で青姉に尋ねる。


「そりゃ高卒を取るための試験だから勉強はしないと駄目だろ。まさか無理だとは言わないよな?」


 ジロリと鋭い目付きで俺を睨み、青姉は続けて話す。


「もしこれぐらいで諦めるなら、私は鈴と一生付き合わないぞ」

「む、無理じゃないし、諦めたりしないよ!」


 俺は慌てて返事をする。


「そうか。なら一緒に頑張ろうな」


 すると、青姉は穏やかな微笑を浮かべて、ポンポンと優しく俺の頭を撫でてくれた。


「う、うん。頑張る」


 恥ずかしくなって少し俯きつつ、俺は絶対合格してやろうと心に決める。

 そんなことは知らない青姉。

 けれど青姉は顔を真っ赤に染めながら、まるでその決意を肯定するかのように、


「そ、卒業の条件が決まった記念に、ね、寝るまでの間だけ恋人になってやるよ」

 と言葉を紡いだ。

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