授業42 後片付け
「ねぇ青姉、俺、青姉もお酒弱いと思ってたんだけど今日は大丈夫なの?」
食器を洗いながら、以前青姉がお酒を飲んだ時のことを思い出して、隣で残った料理をタッパーに移している青姉に尋ねる。
「大丈夫だ。だって私はお酒飲んでないからな。その証拠にほら」
「んっ!」
言って青姉は飲んでいたグラスに残っているシャンパンを俺に飲ませた。
突然のことに驚いて俺は、噎せそうになりながら口の中のシャンパンを味わう。甘い。
「なっ? シャンパンじゃないだろ?」
青姉は得意気に笑って聞いてくる。
「シャンパンを飲んだことがないから違うかどうかはわからないけど、これたぶんリンゴジュースだよね?」
甘いリンゴの味と香りが俺の口の中を支配していた。
「正解。それはリンゴジュースだ」
青姉は俺を指差す。
「でもどうしてシャンパンじゃなくてリンゴジュースにしたの?」
「お酒飲んじゃうと酔っちゃって後片付けするの大変だろ? だからだよ」
「なるほど」
初めから後片付けのことまで考えて行動してたなんてさすがだ。
「青姉はやっぱりすごいね」
「ふふっ、そうだろ。すごいだろ」
褒められて嬉しかったのか青姉は胸を張ってしたり顔をする。
気がつくと当たりのきつさは消えていた。
「よく考えたらさっきの間接キスだったな」
青姉が自分の唇に指を当てて蠱惑的な笑みを浮かべる。うん、いつもの俺をからかって楽しむ青姉だ。
「そ、そそ、そうだね」
俺は黒目を左右に泳がせながら必死で平静を装う。動揺して声が震えてしまった。
「間接キスぐらいでそんなに狼狽えるなよな」
青姉は言い、自分の唇に当てていた指を俺の唇に当てる。
そして俺の耳に顔を近づけて
「だって私達は本当のキスもしたんだからさ」
と甘美な声で囁いた。
ボンっ!
青姉の強烈な一撃に俺の頭はオーバーヒートを起こし音を立てて停止する。
「あっ……うあ……あう」
言葉を紡ぐことすらままならない。全身が熱くてくらくらする。
「ふふふっ、真っ赤になって可愛いな」
青姉は頬を仄かに紅潮させて小悪魔のように微笑み、俺の唇に当てていた指をまた自らの唇へと戻した。
青姉の仕草一つ一つに魅了され、メデューサに見つめられたかのように体を硬直させる。
「「………」」
俺達は無言で見つめ合う。部屋には蛇口から流れる水の音だけが反響していた。
「青姉……」
「鈴……」
互いに名を呼び顔を近づける。
そのまま唇を重ねようとした時だった。
ドン!
何かが床を叩いたような音がして、俺達は驚き顔を離す。
「な、なに?」
俺はキョロキョロと首を左右に動かして周りを見る。だが、部屋には俺と青姉しかいない。
「う、上じゃないか?」
青姉が天井を指差して言う。
確かに、上から聞こえたような気がする。
「お、俺、見てくるよ」
俺は流れ続ける水を止めてキッチンを出た。
「鈴」
「なに?」
追いかけてきた青姉に呼ばれて振り返る。
青姉は真面目な顔で告げた。
「後で話があるから聞いてくれ」
真剣な眼差しで見つめられる。
「わ、わかった」
緊張しながら返事をして、俺はリビングを出た。
「は、話ってなんだろう」
バクバクと鼓動する胸に手を当てながら階段を登り、俺は母さんの部屋の前までたどり着く。
扉を開けて部屋の中を確認する。
「んんー」
母さんが床に転がっていた。
さっきのは母さんがベッドから落ちた音だったらしい。
「はぁ。母さんのせいで良いムードがパーだよ」
俺は嘆息しながら小言を言い、床で眠る母さんを抱き上げてベッドに寝かせる。落ちた時にぶつけたのかおでこが少し赤くなっていた。
「んー」
「また落ちちゃうよ」
寝かせた途端に寝返りを打った母さんをベッドの中央に戻す。
「もう落ちないでね」
俺は言い、母さんに布団を被せて部屋を後にした。
「一応こっちも」
念の為に薫さんの部屋も確認する。
「はぁ。皆、寝相悪すぎだよ」
扉を開けた先には、母さんと同じようにおでこを赤くして床に転がる薫さんの姿があった。
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