授業38 母の言葉
とぼとぼと人気のない公園の中を歩く。
池の鯉が水の中から俺を見ている。
「こんなことなら青姉が先生じゃない方が良かった……」
泣いて目の赤くなった俺はフェンスに肘を突きその鯉をじっと眺めて呟く。
青姉は先生と生徒だからそういう関係にはなれないって言った。それなら青姉が先生じゃなければ恋人になれたってことだ。
「でも青姉が先生じゃなかったら再会すら出来なかったんだよな……。ああもうどうすりゃいいんだよ!」
俺は矛盾する思いに苦しみ頭を掻く。
鯉はパクパクと水面に浮いている草を食べようとして、別の鯉に邪魔をされている。
「お前らも大変だな」
必死で草を奪い合う鯉が可笑しくて、少し気が紛れた。
その時後ろから聞き覚えのある声で名前を呼ばれる。
「りっくん」
母さんの声だった。
「なに?」
俺は振り返ることなく返事をする。赤くなった目を見られるのが嫌だったからだ。
「青ちゃんも本当はりっくんと恋人になりたいんだと思うんです。でも二人は今、先生と生徒だから……」
「それはもう青姉の口から聞いたよ。そもそも母さんは俺が青姉に告白したことも知らなかっただろ? そんな人になにがわかるっ言うのさ?」
嫌なことを思い出させられ、俺はきつい口調になって言う。母さんが励まそうとしてくれたのはわかっていても今の俺には逆効果だった。
「青姉は恋人になることよりも先生でいることを選んだ。それだけさ。青姉は優しいから、きっと本当は俺のことなんか好きじゃないけど傷付けないようにとか考えて嘘を吐いたんだよ。そんなことされたら余計傷付くっていうのに酷いよね」
言いたくもない言葉が口から溢れる。
青姉がそんな嘘は吐かない人だとわかっていても、胸に溜まったどうにもならない怒りを抑えることが出来なかった。
最低だな……。
俺は振られたからって青姉を中傷する自分を嫌悪する。
「青ちゃんはそんな嘘を吐く人じゃありません!」
母さんが語気を強めて言う。そんなこと俺もわかってる。
「青ちゃんはりっくんのことを真剣に考えた上で一番りっくんの為になる答えを出したんだと思いますよ」
「だから母さんになにがわかるって言うんだよ! 家に居なくてなにも知らない癖に!」
全てをわかっているかのように話す母さんに腹が立った俺は振り返って怒鳴る。
すると、
「わかりますよ。だってりっくんは私の息子で、青ちゃんは将来りっくんのお嫁さんになる家族ですもん」
と言い、母さんは俺をぎゅっと抱き締めた。
「どっちも血ぃ繋がって無いじゃんか……」
俺は突然優しくされて泣きそうになりながら、弱々しい声で反論する。
「家族に血の繋がりなんて関係ないことはりっくんもわかってますよね?」
母さんは俺の胸に顔を埋めながら言い、後ろに回した手で背中を撫でた。
「うん……」
俺は頷いて脱力し地面に膝を突く。
「ううっ、青姉に、うあっ、振られ、んぐっ、ちゃった……」
そして今度は俺が母さんの胸に顔を埋めて、泣いた。
母さんは情けない姿を晒す俺の頭を抱き締めて優しく告げる。
「大丈夫です。青ちゃんとしっかり話せば誤解は解けますから」
「誤解?」
ぐちゃぐちゃになった顔で母さんを見上げて問いかける。
「はい。誤解です」
と母さんは答え、微笑んだ。
「誤解ってどういう?」
「それは自分で確かめて下さい」
母さんは頭を撫でてくれたが、答えを教えてはくれなかった。
「で、でも俺は青姉に振られて……」
「家に戻って青ちゃんとしっかり話せばわかりますから帰りましょう」
思い出してさらに落ち込みそうになる俺の頭を離して、母さんは手を差し伸べる。
「う、うん」
俺はその手を取って立ち上がり服の袖で顔を拭う。
そして、母さんと我が家に向けて歩き出した。
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