授業37 好きだけど
「見苦しいものをお見せしました……」
お尻と左頬を擦りながら俺は青姉と薫さんのに頭を垂れる。
「もうわかりましたから顔を上げて下さい。はぁ」
薫さんは呆れた風に言って溜め息を吐いた。
「あはは、良かったな鈴。薫許してくれるってよ」
青姉がヘラヘラと笑って俺の肩を叩いてくる。力が強くて痛い。
「まさか鈴君がこんなに変態だなんて思いませんでしたよ」
「ううっ、ごめんなさい」
「あはははは、失望されてやんの!」
顔を上げた俺が薫さんに小言を言われているのを見て、青姉は自分の膝を叩いて大笑いする。後ろで結われた黒いポニーテールがピョコピョコと揺れていた。
「わ、笑わないでよ。もとはといえば俺がこうなったのは青姉のせいじゃん」
「はぁ? なんでだよ?」
全く見当もついていないらしい青姉は不機嫌そうに顔をしかめて俺を睨む。
俺は目を逸らすことなくじっと青姉の目を見つめて告げた。
「なんでってそりゃ大好きな人に毎日いじめられてたら性癖だっておかしくなるよ!」
「んなっ! ば、バカ! 薫の前で大好きとか言うな!」
「はぶっ!」
照れ隠しなのか怒ったのかはわからないが、青姉は顔を赤くして俺の左頬に平手打ちをする。
「い、痛いじゃないか!」
「最近ところ構わず告白してくるようになった鈴が悪いんだろ!」
鞭の跡の上から手形をつけられ俺は左頬を押さえて青姉を非難した。
負けじと青姉も言い返してくる。
すると、やりとりを見ていた薫さんが怪訝そうな顔をして聞いてきた。
「やっぱり二人は恋人同士なんですか?」
「ち、違う違う。私と鈴は先生と生徒。恋人同士になんてならない」
「えっ」
間接的に振られ、俺は動揺する。
「も、もしかして今のが、お、俺の告白に対する返事?」
不安になって声を震わせながら首を傾げた。
「告白? 鈴君は青先輩に告白したんですか?」
「は、はい。お、俺は青姉のことが一人の女性として大好きですから」
「っ!」
俺は真剣な顔で薫さんの質問に答える。
それを聞いて青姉は俺から顔を背けた。そ、そんなに俺が嫌いなのか……。
「ううっ……」
拒絶されたように感じ、俺は泣きそうになって俯く。
「鈴君……。鈴君はこう言ってますけど、青先輩は鈴君のことどう思っているんですか?」
「そ、それは……」
薫さんが俺の代わりに青姉の真意を探ろうとしてくれる。
青姉は俺に視線を戻して口籠った。
「あ、青姉……」
「り、鈴……」
名前を呼んで顔を上げると、青姉と目があった。
「わ、私は鈴のこと……」
瞳を潤ませながら青姉は話す。
「……ごくっ」
緊張で唾を飲み込み歯を強く食い縛って、俺は次の言葉を待つ。
「「「…………」」」
数秒の沈黙が部屋に訪れる。
そして青姉は意を決したように深呼吸をしてから言葉を紡いだ。
「私は鈴のことが好きだ! 一人の男として!」
「あ、青姉!」
言われて嬉しくなった俺は、青姉に抱き付こうとする。
だが、それはかなわなかった。
手を広げて近寄ると、青姉に胸を小突かれ拒絶されたのだ。
「えっ」
押された勢いで後ずさった俺は戸惑う。
「そうだよね。いきなりは恥ずかしいよね。か、薫さんもいるしね」
青姉は照れただけだと自分に言い聞かせる。けれど、動揺は隠せなかった。
「確かに恥ずかしいけど、違う。今鈴を押したのは別の理由だ」
「り、理由って?」
厳しい表情で話す青姉に俺は胸騒ぎを覚えながら尋ねる。
青姉は表情を変えることなく答えた。
「それは私が鈴の気持ちには応えられないからだ」
「ど、どうして? さ、さっき俺のこと好きだって言ってくれたのは嘘だったの?」
俺は困惑して取り乱す。
「嘘じゃない。私は鈴のことが好きだ。だけど恋人にはなれないんだ」
「どうして! お互い好きなのになんで駄目なの!」
青姉にはっきりと言われても俺は受け入れられずに叫ぶ。
「私が先生で鈴が生徒だからだ!」
「それのなにが問題なんだよ!」
「先生と生徒はそういう関係になったら駄目なんだよ!」
「そんなの世間の目を気にしてるだけだろ! 俺は青姉が好きで好きで仕方がないんだ! そんなの知ったこっちゃない!」
もちろん俺だって先生と生徒が恋人同士になることは倫理的に問題があるっていうことはわかってる。けど、だからといって青姉を諦められるかと言われれば、無理だった。
「き、気持ちは嬉しいけど、駄目なものは駄目なんだ!」
「痛っ!」
再び胸を小突かれ、俺は尻餅を突く。
俺を見下ろす青姉は涙目になって悔しそうに下唇を噛んでいる。
強く握った拳をぷるぷると震わせて泣きそうになっている青姉を見て、俺はやるせなくなって立ち上がり部屋から飛び出す。
「青姉のバカ!」
「り、鈴!」
追いかけて部屋を出てきた青姉に呼び止められるのも無視して俺は涙を流しながら階段駆け降りる。
「ううっ!」
「あっ、りっくん。ただいまです」
玄関には白衣姿の母さんが居た。イギリスから帰ってきたらしい。
「……うっ」
俺は返事することなく母さんの横を通り過ぎ、玄関の扉を開けて外へ飛び出した。
「りっくん?」
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