授業30 お弁当

 お昼を食べることにした俺は青姉に手を引かれ、駅前から離れて先週行った人の少ない公園まで来ていた。


「ねぇ青姉、こんなところにお店あるの?」

「なに言ってんだ? こんな人の少ない公園にお店があるわけないだろ?」


 俺が聞くと青姉は怪訝そうな顔をして言葉を発する。


「えっ、お昼ご飯食べるんじゃなかったの?」


 俺は戸惑い、質問をする。


「そうだぞ。今からお昼ご飯を食べるんだ」


 青姉は持っていた鞄から風呂敷に包まれたなにかを取り出す。

 それがなんなのか大体の検討はついたが、俺は一応青姉に尋ねた。


「それなに?」

「ふっふっふ、これは私の手作り弁当だ!」


 青姉は胸を張って自慢気に笑い、想像通りの答えを告げる。

 胸に押されて伸びたセーターが苦しそうだった。


「あそこのベンチで食べるか」


 青姉は開けたところの中心にポツンと設置された青色のベンチを指差す。


「うん」


 俺は頷き、青姉と共にベンチまで歩みを進める。

 地面の芝生は綺麗に刈られ歩きやすかった。


「ふぅ、結構歩いたな」


 青姉が先に座って一息つく。


「そうだね。ふぅ」


 俺はその隣に深く座り、ベンチの背もたれに凭れた。

 乾いた木の感触が腰やお尻などの接触面に伝わる。少し固い。

 顔を上げて空を見ると魚のような形をした雲が一つ浮かんでいた。


「食べるか」


 青姉は弁当を膝の上に置いて風呂敷の結び目をとく。

 運動会の時に使われていそうな二つ重なった黒い弁当箱が視界に入る。その上には青い箸ケースが二つあった。

 二人で食べるにしてはちょっと大きめの弁当箱だ。


「あっ、忘れてた。はい、これ」


 青姉は弁当の蓋を開ける前に、鞄からウェットティッシュを取り出して俺に渡してくる。


「ありがとう」


 俺は受け取り、手を拭いた。ひんやりして気持ちが良い。

 隣では青姉も手を拭いていた。


「よいしょ」


 手を拭き終えた青姉が弁当箱の蓋を開ける。


「おおー」


 俺は中を見て感嘆した。

 唐揚げやハンバーグ、卵焼きといったメインのおかずはもちろん、ほうれん草のおひたしやきんぴらごぼうなどのきっちりと料理されたものだけでなく、色のアクセントとして加えられたであろうプチトマトまで美味しそうに見える。

 きっと盛り付け方まで考えられてるんだろうな。


「美味しそうだね!」


 俺は青姉の目を見て言う。


「そうだろうそうだろう」


 青姉は満足げに微笑み、うんうんと頷いていた。


「下のやつは白ご飯?」

「いいや、おにぎりだ」


 言い、青姉は上にあったおかずの弁当箱を俺の膝に移して下の弁当箱の蓋を開ける。

 下の弁当箱には八個のおにぎりが入っていた。

 綺麗な三角形のおにぎりで海苔は巻かれていなかった。


「えっと、確かこの列が鮭で、こっちが昆布、ここは梅で、最後の列はお楽しみだ」


 一列ずつ説明していき、なぜか最後の列だけは教えてくれなかった。


「お楽しみって?」

「食べたらわかるから後で二人一緒に食べような」


 青姉の目が妖しく光る。


「説明も終わったし、食べよう」

「う、うん」


 青姉に箸ケースを渡され、俺は一抹の不安を抱えながら頷いた。

 一体最後の列のおにぎりにはなにが入っているんだろうか……。


 ●●●


「ああ、美味しかったぁ」


 俺は弁当を食べ終えて膨らんだ腹を擦り、幸せそうな声を出す。


「そんなに喜んで貰えたら作った甲斐があったってもんだ」


 青姉は空になった弁当箱を風呂敷に包み直しながら嬉しそうに笑っている。

 本当に全部美味しかった。唐揚げもハンバーグも卵焼きもほうれん草のおひたしもきんぴらごぼうもプチトマトもおにぎりも全部だ。

 初めに見た時は量多いんじゃないかと思ったけど、食べてみるとペロリだった。


 さすが青姉、料理が上手い。


 結局、教えてもらえなかったおにぎりの中身がなんだったのかと言うと、わさびだった。わさびと聞いたら罰ゲームみたいに辛くて食べられないものを想像するかもしれない。


 確かに辛かった。思わず涙が出てしまうほど。

 だけど、辛いだけじゃなくしっかりとわさびの風味やご飯の甘さを感じることが出来てすごく美味しかった。

 お寿司の涙巻きのおにぎりバージョンだな。


「これからどうする? 駅前に戻るか?」

「んー。まだお昼過ぎだけど、なんだか色々あってもうお腹いっぱいかな。胃袋的な意味でも」


 弁当箱を鞄に直し終えた青姉に聞かれ、俺は答える。


「私ももうお腹いっぱいだ」


 青姉は優しく微笑し、俺の言葉に頷いた。


「それじゃあ今日はもう帰ろっか」


 それを受け、俺は帰宅を提案する。


「そうだな。よっと」


 青姉は鞄を肩にかけながら同意し立ち上がった。


「おいしょ」


 俺も弁当を食べて少し重くなった体をゆっくりと動かし立ち上がる。

 そして青姉と他愛ない会話を交わしながら帰路についた。

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