授業27 キスした理由

「なっ、なにすんだよ!」


 呆気にとられたのか身動きを取らずにいた青姉は顔全体を紅潮させ俺の体を突き飛ばす。


「あっ」


 それにより唇が離れてしまい、名残惜しくてつい声が出てしまった。


「おお、おまおま、お前はななな、なに考えてんだ!」


 青姉は上体を起こしてわなわなと震えながら叫ぶ。


「うっ」


 鼓膜が激しく震え、頭がズキンと痛む。


「あっ、悪い」


 頭を押さえて顔をしかめる俺を見て、青姉は咄嗟に心配そうな顔をして謝ってくれる。


「って、もとはといえば私にキスした鈴が悪いんじゃないか! 今のごめんはなしだ!」


 だが、すぐに眉間に皺を寄せて謝罪を撤回した。


「違うよ青姉。もとはといえば熱で判断力のなくなってる俺のベッドに入ってきた青姉が悪いんだよ」


 俺は熱で意識が朦朧とするのを無視して同じように上体を起こして反論する。

 キスで興奮し過ぎて熱が上がったのかもしれない。


「だ、だからってキスすることないだろ!」


 青姉は若干狼狽えつつ真っ赤な顔で抗議する。


「そうだね。俺も青姉の言う通りだと思うよ」


 確かにベッドに幼馴染が入って来たからといってキスする必要はないな。


「だったらなんでキスしたんだよ」


 青姉が非難の目で俺を睨み付け聞いてくる。

 正直自分でもあまり理解できていないけれどなんとなく答えた。


「青姉に子供扱いされたのが悔しかったから?」

「はぁ!? そんな理由で私のファーストキス奪ったのかよ! 許せねぇ! 風邪だからってやっていいことと悪いことがあるだろ! ぶん殴ってやる!」


 青姉は声を荒げ右手で拳を作って振り上げる。

 青姉もファーストキスだったんだ。

 そのことに嬉しくなりつつ、勢いでそんな大事なものを奪ってしまったことを反省する。


「ごめんなさい」


 俺は真剣な顔で青姉を見て謝った。


「あ、謝ったからってゆ、許さないからな!」


 言いつつ、青姉は拳を振り下ろすのを待ってくれている。

 あんなつまらない理由でファーストキスを奪われたら問答無用で殴ってもいいのに、やっぱり青姉は優しい。


 その優しさにつけこむ俺は最低だな。


 自分の汚さが嫌になりながら、俺は拳を振り上げたまま動かない青姉に自分の顔を近づける。


 そして、もう一度青姉の唇にキスをした。


「んっ」


 柔らかい感触と甘い匂いが俺の神経を刺激する。


「んんっ!!」


 青姉は目を見開いて肩を震わせていた。

 俺の予想外の行動に驚いたのだろう。キスしたことを怒っていた相手にまたキスされたんだ驚いて当然だ。

 今度は突き飛ばされる前に自分から唇を離して、俺は言葉を紡ぐ。


「青姉が好きです」


 決して熱に浮かされて言ったわけでも、ふざけて言ったわけでもない。

 俺が心の底から青姉という女性を好きだから出た言葉だった。


「……っ!!」


 青姉は振り上げていた拳をほどき、その手で自らの唇を押さえる。

 赤かった顔はさらに赤みを強くし、耳まで真っ赤に染まっていた。


「俺は青姉のことが一人の女性として大好きです。だから我慢できなくなってキスをしました」


 真っ直ぐ青姉の瞳を見つめ、俺はもう一度思いを告げる。


「わ、わわ、わうぅぅぅ」


 青姉はなにかを言おうとして可愛い声を出して俯いてしまう。


「すぐに返事をしてくれなくてもいいんだ。今はただ俺が青姉のことを一人の女性として好きだってことをわかって貰えればそれで十分だから」

「……わ、わかった」


 青姉は俯いたまま小さな声で返事をした。


「り、鈴」


 俺の名前を呼びながら顔を上げる。

 上目遣い気味でこっちを見る青姉は猛烈に可愛くて、抱き締めてしまいたい衝動に駆られる。

 俺は青姉の体に手が伸びそうになるのをなんとか耐え、言葉を発する。


「なに?」


 首を傾げて青姉の言葉を待った。

 しかし、返って来たのは言葉ではなかった。


「んっ」

「んんっ!!」


 返って来たのは優しいキスだった。

 青姉は真っ赤な顔で俺の唇に自らの唇を重ねる。

 俺は驚いて目を見開き、一瞬だけ体を強張らせた。

 けれど、すぐに唇の甘い感触に酔い、青姉のキスを受け入れる。

 自分からした時とは少し感触が違って、それもまた気持ちが良かった。


「「ぷはっ」」


 数秒後、俺達は顔を離して息を吸う。

 唇と唇を触れ合わせるだけのキスだったが、さっきまで経験の無かった俺にとっては青姉からキスをされたという事実だけでもうお腹いっぱいだった。


「あ、青姉」


 俺は青姉の真意がわからず唇を指で押さえて茫然と青姉を呼ぶことしか出来なかった。


「ふふふっ」


 青姉はイタズラが成功したイタズラっ子のように笑いながら立ち上がり、俺に背中を向けて部屋を出て行こうとする。


「えっ、あ、青姉?」


 なにも言わずに立ち去ろうとする青姉を呼ぶ。

 すると青姉は振り返って告げた。


「仕返しだ。バーカ」


 舌を出してウィンクをする青姉の姿は子供のように無邪気で、それでもやっぱり大人の女性にしか出せない妖艶さがあった。


「……!」

「ふふふっ」


 俺が見惚れて声が出せないでいる内に、青姉は上機嫌そうに笑いながら部屋を出て行ってしまう。


「あっ、やばっ」


 一人になったことで気が抜けたからなのか興奮しすぎたせいでなのかはわからないが、急にくらっとして耐えられなくなりベッドに倒れこんだ。


「青姉の唇柔らかったなぁ……」


 朦朧とする意識の中で呟き、青姉とのキスを思い出してだらしない顔でニヤける。

 俺はその幸せな気持ちを胸に抱いたまま意識を失った。

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