授業23 ビジュアルに世紀末感が
「こんにちは」
家の前の道路にドでかいハンマーを持って立つ繋ぎ姿の女が俺達を見て挨拶してくる。
予期せぬ人物の出現に俺は、彼女の持つハンマーで殴られるんじゃないかと怯えてしまう。身体は震え、青姉と繋いだ手に自然と力が入る。
「こんにちは」
青姉はというと、何事もないようにドでかハンマー女に挨拶を返し、俺の手を引いて玄関を踏み出した。
「えっ、ちょまっ、あ、危ないよ!」
俺は慌てて手を引き返し、ハンマー女に近づこうとする青姉を止める。
しかし青姉は意味がわからないといった表情で首を傾げた。
「なにがだよ?」
「な、なにがって、あの人ハンマー持ってるんだよ。さすがに青姉でも武器を持ってる人には勝てないよ!」
いくら青姉が強いとはいえ、あんなので殴られたらひとたまりもない。
「勝てない? 鈴、お前なに言ってるんだ?」
言葉の意味がわからなかったのか、青姉は怪訝そうに俺を見て聞いてくる。
あれ、俺おかしなこと言った?
「えっ? 青姉は今からあのドでかいハンマー持った不審者と戦うんだよね?」
「はぁ? なんで私がそんなことしないといけないんだよ。それに工事の人を不審者呼ばわりしたら失礼だろ。このバカ」
「うぎゃ」
青姉は言い、繋いだ手とは逆の手で俺のおでこに手刀を落とす。
ううっ、い、痛い……。絶対おでこ赤くなってる。
「全くふざけたこと言ってないで行くぞ」
青姉は呆れた風に嘆息しながら手を引くのを再開した。
抵抗しても意味がないことに気づいた俺は引かれるまま素直に青姉の後ろをついて歩く。
どうやらあの女性は工事の人で俺達を襲いに来た人ではなかったらしい。
ビジュアルに世紀末感があったから、つい勘違いしちゃったよ。
青姉に手を引かれるまま道路に出たところでハンマーを持った女性とすれ違う。
真面目に働いている女性を見て俺は変な勘違いをしてしまった申し訳なさから、女性に軽く会釈する。
すると女性は額の汗を拭いながらハニカミ、同じように軽い会釈を返してくれた。
あながち外も悪くないのかもしれない。そう思った。
●●●
家を出てから数分、俺達は手を繋いだまま大きな池のある公園まで来ていた。
「雨降りそうだな」
青姉が空を見て呟く。
俺も同じように上を向いて確認してみる。
さっきまで青かった空に大きく黒い雲がかかっていた。確かに雨が降りそうだ。
「ねぇ青姉、傘持って来てないしそろそろ帰ろうよ。じゃないと濡れるよ」
「仕方ない。鈴もだいぶ外に慣れたみたいだし、今日はもう帰るか」
良かった。雨の日にも慣れろとか言われたらどうしようかと思ったよ。
「にしてもこの公園、広いわりに誰もいないね」
「平日の昼間だからじゃないか?」
「ああ、なるほど」
他愛ない会話をしながら公園を歩く。
言葉通りこの公園に入ってから全然人を見かけない。
出会った生き物は池に居た鯉とカモぐらいだ。
「でも平日昼の公園にはリストラされたサラリーマンがいるもんだと思ってたよ」
「ふふふっ、実は私も思ってた」
「だよね。ふふっ」
俺達はその後も他愛ない話を続け、公園の入り口までたどり着く。結局人には一度も遭遇しなかった。
「うわ、本当に降ってきた」
帰宅しようと公園から足を踏み出すと同時に大粒の雨が降り始める。
「走るぞ」
「うん」
俺達は手を繋いだまま雨の中を走る。
途中、走るスピードについていけず転びそうになったのを青姉に支えられ、つくづく敵わないなと思い知らされた。
咄嗟に支えてくれた青姉はまるで王子様のようで格好良かった。
俺が少女漫画の主人公になったのではと錯覚してしまうほどに……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます