授業19 お仕置き

 数日後の朝。

 俺は相も変わらず薄暗い部屋でゲームに興じようとしていた。

 電源を点けるとテレビにタイトル画面が表示される。

 俺はコントローラーを操作してロードを選択した。


「あれ?」


 奇妙な画面が表示され驚く。

 もしかすると選択するボタンを間違えたのかもしれない。

 一つ戻ってもう一度ロードを選択する。


「あれあれあれ?」


 だが、変わらずおかしな画面のままだった。

 どうおかしいのかって?

 俺が何十日もかけて育てたキャラのセーブデータが無くなり、同じ場所にアオという名前のキャラデータがセーブされているのだ。

 現実が受け入れられず、テレビの画面に顔を近づけてまじまじと見る。

 見つめたところで当然画面に変化はなかった。

 とりあえずアオのセーブデータを選択し起動してみることにする。


「これって……」


 表示されたキャラクターは青く長い髪を揺らめかせスタイル抜群だ。

 これって確か主従ごっこの日に青姉が使っていたキャラだ。

 正直名前の段階でそうなんじゃないかとは思っていたけど、実際そうだとわかると腹が立ってきた。

 俺のことをお仕置きと称して鞭で叩きまくっていた癖、人のセーブデータに上書きセーブするなんていう悪行を働いていたとは……。

 これは青姉にもお仕置き必要だよなぁ?

 怒りに震える俺はゲームの電源をつけたまま立ち上がり、押し入れの中に封印したあるものを取り出す。

 俺はそれを持って青姉の部屋へ向かう。


「青姉」


 扉をコンコンと軽く叩き、平静を装い青姉を呼ぶ。

 返事がない。リビングだろうか?

 俺は怒りを押し殺しながらゆっくり階段を降り、静かにリビングの中へ……居た。


「あっ鈴、おはよう」


 黒いジャージ姿でソファに座ってお茶を飲んでいた青姉は俺に気づいて朝の挨拶をしてくる。


「おはよう、青姉」


 俺はいつも通りを意識して冷静に挨拶を返す。


「鈴もロイヤルミルクティー飲むか?」

「ううん。ミルクティー大丈夫」


 青姉の問いに小さく首を振りながら答える。俺がショックを受けていた間、どうやら青姉は可愛らしい猫の絵が描かれたティーカップで優雅にミルクティーを飲んでいたらしい。それもロイヤル!


「ミルクティーはってことは他の飲み物は要るのか?」

「ううん。飲み物要らないよ」

「なんでそんなにを強調して言うんだ? なにか欲しい物があるならはっきり言えよ」


 意味深な喋り方をする俺に若干イラついたのか、青姉は少し語気を強めて言う。


「わかった。言うよ」


 俺は後ろ手に隠していたを青姉に見せつけて言葉を紡ぐ。


「これ着て今日一日俺のメイドになってよ」


 俺が封印を解いたもの、それはメイド服だった。


「それはこの前の……。その話はもう終わったんじゃなかったのか?」

「うん。終わったよ。いや、終わってたが正しいかな」


 青姉の言葉に頷いて、それを少し修正する。


「ならなんでまた着ろなんて言うんだよ?」


 当然の疑問だ。

 俺は青姉の疑問に一言で答える。


「お仕置き、だよ?」

「はぁ? なんで私が鈴にお仕置きされないといけないんだよ?」


 青姉は訳がわからないといった様子で顔をしかめた。

 俺はソファに座る青姉の手を取って引っ張っる。


「ちょっ、そんないきなり」


 慌てて手に持っていたティーカップを机の上にある皿に置く青姉。

 俺は青姉の手がティーカップから離れたのを確認してから引っ張っるのを再開した。


「い、いきなりなんなんだよ」

「……」

「おい鈴、なんとか言えよ」

「……」


 無言で青姉の手を掴んだまま二階の自室を目指して歩みを進める。

 話すよりも証拠を見せた方が早いと思ったのだ。

 だが、無視をしたことで青姉の機嫌が悪くなってしまった。


「なんで無視すんだよ!」


 青姉は俺の手をつねって抵抗する。


「ぐっ」


 針で刺されたような痛みに悶えながらも俺は歩くのをやめない。


「離せぇぇ!」


 さらにつねる力を強められる。


「ぐぐぐっ」


 それでも俺は痛みに耐え、なんとか部屋の前までたどり着いた。


「入って」


 俺は扉を開けて青姉を部屋の中へ引き入れる。


「な、なんだよ! む、無理矢理部屋に連れ込んで……わ、私になにをする気だよ!」


 青姉は軽く抵抗する。だが青姉にしては抵抗する力が弱かった。

 あっ、可愛い。

 頬を染め潤んだ瞳で上目遣いするを青姉を見て俺は一瞬怒りを忘れかけたが、すぐに首を横に振ってこの部屋まで連れてきた理由を青姉に見せるのだった。


「これ見て」


 掴んでいた手を離し、代わりにゲームのコントローラーを握って、青姉にテレビの画面を見るよう促す。


「そ、それ私が作ったキャラだよな」


 平然と自分のキャラだと認める青姉。


「そうだよね。これ青姉が作ったキャラだよね?」

「そ、そうだけど、それがなんなんだよ?」


 俺が顔を近づけて詰め寄ると、青姉は少し後ずさりながら質問してきた。

 どうやら自分がなにをしでかしたか気づいていないらしい。

 なので俺は青姉がお仕置きを受けなければいけない理由を伝える。

 声を荒げることもなくただ淡々と……。


「このキャラのセーブデータが俺のキャラのセーブデータに上書きセーブされてるんだ」


 無表情でゲームのコントローラーを操作してタイトル画面に戻り、ロードを押してセーブデータの一覧を表示させる。

 そこにはやっぱりアオというキャラのデータしか映っていなかった。


「ねぇ青姉、これでもお仕置きされる理由わかんない?」


 隣に立つ青姉の顔を見て微笑みかける。

 すると青姉はびくっと肩を震わせ、震える声で言葉を発した。


「め、メイド服を着て、り、鈴のメイドになります」


 と――。

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