授業20 メイドとご主人様

「ふんふふふん~、ふんふふ~」


 リビングに戻った俺は、上機嫌で鼻歌を歌っている。怒りはもう消えていた。

 ゲームのデータが消えたのは確かに悲しい。

 だけど、正直青姉のメイド服姿が見られるのなら安いもんだ。


「あー、早く降りて来ないかな~」


 青姉は今、部屋でメイド服に着替えている。俺は青姉がメイド服を着て降りて来るのを、今か今かとワクワクしながら待っているのだ。

 コンコンと、リビングの扉がノックされる。来たっ!


「ど、どうぞ」


 俺はソファから立ち上げり、服を整えてから青姉を呼び込む。

 黒いジャージの上下というだらしない服装を整える必要があったのかは自分でも甚だ疑問だが、そうせずにはいられなかった。


「失礼します」


 扉がゆっくりと開く。

 そして、メイド服姿の青姉が現れた。


「ど、どうですか?」


 青姉は頬を赤く染め、恥ずかしそうにもじもじしながら感想を求めてくる。


「……!!」


 いつもは後ろで結っている黒髪はほどかれ、一本一本がキラキラと輝いてた。

 ざっくりと開いた胸元は世の中の全ての男を魅了してもまだおつりがきそうなほど魅力的だ。丈の短いスカートと黒ストッキングの間には黒いガーターベルトが見え、それが白く艶やかな太ももの美しさをさらに際立たせている。

 まさにメイドの女神。そのあまりの美しさに俺は感想を言うことすら出来なかった。


「ご、ご主人様?」


 俺がなにも言わなかったせいか、青姉は不安そうな顔をする。

 ご、ご主人様って、青姉が俺をご主人様って!

 普段虐げられているのに……。俺は青姉にご主人様と呼ばれた事実に猛烈な感動を覚える。


「ご主人様。俺が青姉のご主人様かぁ。うへっ、うへへへへっ」


 思わず笑いが溢れる。


「きんもっ」

「え?」


 色々妄想してた間に青姉から罵倒された気が……気のせいか?


「ご主人様?」


 一応青姉を見て確認したけど特に変化はなかった。


「そ、それであの、ど、どうですか?」


 青姉はチラチラと俺の方を見て首を傾げる。


「うん。すっごい似合ってる。思わず見惚れちゃったよ」


 俺は言えずにいた褒め言葉をしっかり紡ぐ。


「あ、ありがとうございます」


 青姉はお礼を言い、恥ずかしそうに目を伏せた。

 あーもう可愛いな。なんだよこの人、反則だろ!


「ご主人様?」


 無垢な瞳で俺を見つめて不思議そうに首を傾げる青姉。

 その汚れない瞳に映った自らの気持ち悪い顔が俺に正気を取り戻させた。


「な、なんでもないよ」

「そうですか」

「う、うん」


 可愛すぎて抱き締めそうになったなんて恥ずかしくて言えない。


「あのご主人様、私はなにをすればよろしいのでしょうか?」

「えっ、えーっとー」


 青姉に聞かれて初めて俺は、自分がメイド服を着てもらった後になにをしてもらうか全く考えていなかったことに気づいた。

 た、確かにこのままぼーっとしているのも変だよな。

 それにせっかく青姉が言うことを聞いてくれるんだ。なにかして欲しい。

 頭を回転させどんなご奉仕をしてもらおうか考える。

 だ、駄目だ。ご奉仕って言葉のせいでエロいことしか思いつかなくなった。


「ご主人様?」


 青姉が俺の顔を覗き込む。

 前屈みになったせいで深い谷間が見え、妄想に拍車がかかる。

 ご奉仕。この胸で……。


「ごくっ」


 卑猥な妄想が脳内に溢れて止まらない。


「ちっ」


 胸元を覗かれていることに気づいたのか、青姉は舌打ちをして俺から距離を取る。

 穏やかな微笑みは汚物を見たかのように嫌悪感をたっぷりな表情に変わっていた。

 そして青姉は俺に目掛けて言葉の銃弾を放つ。


「ご主人様は最低のド変態ですね。私、がっかりです」


 メイド服姿の青姉に辛辣な言葉で撃ち抜かれた俺は、残念なことに少しだけ気持ち良くなってしまう。

 俺は自分が罵倒されて興奮するという事実に悲しくなりつつも、まぁそれもいいのかなと自らの新たな性癖を受け入れる。


「あ、青姉」


 俺は未だ軽蔑の視線を向けてくる青姉にお願いする。


「もっと罵倒して下さい!」

「はぁ!? お、お前なに言って」


 一度受け入れてしまったことで俺の中にあったたがが外れたようだ。こんなおかしなお願いをしているのに全く恥ずかしくない。

 青姉は取り乱し自分がメイドだと言うことを忘れてしまっている。


「違うよ青姉。お前じゃなくてご主人様だよ」

「あっ、そうでした。申し訳ございませんご主人様。……ってなるかぁ!」

「あうぅ!」


 キレのあるノリツッコミをした青姉は、俺の太ももにこれまたキレのある蹴りを入れる。

 俺は喘ぎ声にも似た悲鳴を上げながら、前に倒れ四つん這いの状態になった。


「この変態! ド変態!」


 青姉はサラサラした長い黒髪を振り乱し、綺麗な足で俺の背中を踏みつけて罵倒する。


「あっ、良い! メイド服姿の青姉に踏まれるのすっごい良い!」


 その仕打ちで俺は床に突っ伏しながら快楽を覚え、だらしのない顔で息を荒げ喜ぶのだった。

 俺の姿はまぎれもなくドMの変態である。

 だが俺の体を踏みつけどこか楽しそうに罵倒する青姉ももしかするとドSの変態なのかもしれなかった。


「踏まれて喜んで、この変態! ご主人様は本当にダメダメ野郎ですね!」

「は、はひぃ!」

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