授業18 復讐が無意味だと誰が言った?
「青姉、お願いがあるんだけど」
犬になった日から一週間が経った日の昼。
俺は昼ご飯の後片付けを終えエプロンを外している青姉に声をかけた。
「な、なんだよ?」
急にお願いしようとする俺を不審に思ったのか、青姉は若干距離を取る。
青姉の判断は正しい。
なぜなら俺は今からろくでもないお願いをするつもりだからな。
「これを着て俺のメイドになってよ!」
背中に隠していたメイド服を青姉へ突きつける。
「はぁ? なんで私がそんなもの着てメイドにならないといけないんだよ?」
当然青姉は受け取ってはくれなかった。
だが俺には絶対に青姉を従わせられる秘密の言葉があった。
「三つまでなんでも言うこと聞いてくれるって青姉言ったよね?」
「怖っ! 目が血走しりすぎだろ」
普通じゃない俺の様子に青姉は怯えているようだ。
「ねぇ青姉は嘘吐かないよね? ねぇ?」
「こ、怖い、怖いって!」
俺はヤンデレヒロインが主人公を問い詰めるが如く一歩、また一歩と青姉に詰め寄る。
青姉は、まるで俺が包丁を持っているかのように怯えて後ずさった。
一応もう一度言うけど、俺の手にあるのはメイド服である。断じて包丁などではない。
「ねぇ青姉、なんで逃げるの? なんでも言うこと聞いてくれるって言ったの青姉だよね? 逃げないでよ? ねぇ? メイド服着てよ?」
俺は再び距離を詰め、メイド服を青姉にかざす。
青姉をからかうのは面白くてつい演技が大袈裟になってしまった。
「わ、わかった! 着る! 着るから」
青姉は手を前に出して告げる。
「着るだけ?」
「き、着てメイドになる! だ、だからこれ以上近づかないでくれ!」
「そっか。良かった」
言質を取った俺は演技をやめて小さくガッツポーズ。
「ま、まさかお前!」
俺の手のひらの上で踊っていたことに気づいたのだろう。青姉は目を大きく見開き驚愕の表情を浮かべていた。
「ふっふっふ。青姉はお姉さんで先生だから一度着るって言ったら着てくれるよねぇ?」
俺は、なるべく青姉が悔しがるように憎たらしい笑みを意識しつつ笑い勝ち誇った。
「くっ、き、着るよ! 着ればいいんだろ!」
青姉は悔しそうに顔を歪め、俺からメイド服を奪う。
完全勝利。けれど復讐はここからが本番だ。
俺は改めて気を引き締め直しリビングを出ていこうとする青姉に追い討ちをかける。
「着るだけじゃなくてちゃんとメイドになりきってね」
「わかってるよ!!」
青姉はリビングの扉を乱暴に閉め、ドタドタと激しい足音をさせながら二階へ上がって行った。
たぶん自分の部屋で着替えに行ったんだな。
一週間かけて復讐する為の作戦を考え、それが全て上手くいった。
思わず笑いが零れてしまう。
「ふふっ」
俺は勝利の余韻に浸ながら血走った目を作る為のコンタクトを外し――
「あれ?」
コンタクトを外し――
「あれあれ?」
外したいのに上手く外せない!? ど、どうしよう、全然外せない!
も、もしかして一生このままなんじゃ……そ、そんなの絶対嫌だ!
焦れば焦るほど手は震え、誤って指で目を突き刺してしまいそうだった。
そ、そうだ、青姉だ! 青姉に助けて貰おう!
俺はリビングを出て階段を駆け上がる。
さっき青姉にした仕打ちは
「あ、青姉! 青姉ぇぇ!」
青姉の部屋の扉を叩く。
「なんだよ! わざわざ二階まで急かしにこなくても今着替えようと、って鈴、なんで泣いてるんだよ? 大丈夫か?」
不機嫌そうに荒々しく扉を開けた青姉は俺が泣いているのに気づいてすぐに心配してくれる。
「コンタクトが、ぐすっ、コンタクトが外れないんだよ青姉ぇぇ」
「はっ? そんなことで泣いてるのか?」
「だ、だってこのまま一生外れなくて、ぐすっ、この先ずっと、んぐっ、血走った目で生活すると思うと……」
「はあぁぁぁぁぁ」
俺の言葉を聞いた青姉は深く長い溜め息を吐く。
「本当にお前って奴は……はぁ」
続けて呆れたようにやれやれと首を降り、最後にもう一度、今度は短く息を吐いた。
「ほら、取ってやるからこっち向け」
「ううっ、ありがと青姉ぇぇ」
言われた通りに青姉の方へ顔を向ける。青姉の瞳に写った俺の顔は涙と鼻水でぐちょぐちょだった。
「ああもう汚いなぁ。ちょっとそのまま待ってろ」
軽く罵倒し、青姉は部屋の中へと戻る。
数秒後、タオルを持って帰ってきた。
「昔からお前はすぐ泣いて、ちょっとはかっこいいところも見せてみろよな」
「ご、ごめんなさい」
乱暴な言葉で怒鳴りながらもタオルで優しく顔を拭いてくれる。
青姉も昔から変わらず厳しくて優しいお姉さんのままだ。
「目、閉じるなよ」
顔を拭き終わった青姉が言う。
俺は従い大きく目を見開いた。
「…………」
まずは慎重に右目のコンタクトを外してくれる。
「はい、まず一つ取れた。次は左目な」
「は、はい」
「…………」
真剣な表情で左目のコンタクトも外そうとする青姉はすごく頼もしい。頼もし過ぎて婿入りしたいくらいだった。
「よし! 二つとも取れたぞ!」
「う、ううっ、あ、青姉ありがとぉぉ」
無事コンタクトが外れたことに安堵し、俺は泣きながら青姉に抱きついてしまう。
「はいはい。わかった。わかった」
青姉は振り払うことなく、それどころか背中をポンポンと叩いてあやしてくれる。
「本当、ぐす、ありがと青姉ぇぇ」
「まったく鈴は……。はいはい、怖くない怖くない」
その後も青姉は優しい言葉をかけながら抱きしめてくれる。
もう復讐とかどうでも良かった。
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