授業16 優しい青姉には刺がある

「はい。これで大丈夫だ」


 俺の傷の手当てを終えた青姉が告げる。

 おでこの傷口は消毒して絆創膏を貼ってくれ、肘にはテーピングをしてくれた。


「ありがとう」


 隣の椅子に座る青姉にお礼を言い、俺は立ち上がる。

 テーピングをしてもらった腕を動かして確認する。

 まだちょっと痛いけど、これなら日常生活に支障は無さそうだ。


「どうだ?」

「うん。大丈夫みたい」

「そうか」


 青姉はふぅっと息を吐いて――「良かったぁ」と続けた。

 意外と心配してくれてたのかもしれない。

 やっぱ青姉は優しいままなんだな。

 そう俺が感慨深くなっていると、青姉は悪魔じみた微笑を浮かべて言った。


「なら安心してお仕置き出来るな」


 優しいなんて思った俺がバカでした。

 着替えを終えリビングに降りてきた青姉が傷の手当をしてやると言ってくれた時は許してくれたのかと思って嬉しかったのに……。

 俺は一体なにをされてしまうのでしょうか。

 恐いけど聞いてみる。


「お、お仕置きって、な、なにをされるんでしょうか?」


 出来る限りへりくだってこれ以上青姉の機嫌を損ねないようにしないといけない。


「鈴」


 青姉は足を組んで座ったまま俺の名前を呼ぶ。

 足元を指差し、凍えてしまいそうになる冷たい声で言葉を紡いだ。


「お座り」

「ほへっ?」


 予想外の発言に俺は間抜けにも聞き返してしまう。


「お・す・わ・り!」


 今度は一音ずつはっきりと命令された。


「は、はい!」


 怒気の宿った声に怯えつつ、俺は命令に従い床の上で正座する。


「よしよし良い子だ」


 すると青姉は手を伸ばしてまるで飼い犬を可愛がるように俺の頭を撫でてくれた。

 床に座る俺と椅子に座る青姉には高低差がある。その状態で青姉が前屈みになって俺の頭を撫でるとどうなるか?

 必然的に胸元には隙間が発生し、再び青のブラジャーと綺麗な谷間が俺の心を翻弄するのである。


「はぁ」


 体を起こした青姉は嘆息しながら背もたれに軽く体重を預け、足を組み直す。

 顔面を蹴られるのかと思って焦った。


「また谷間を見たな」


 前髪をかきあげながら俺を見下す青姉。腐った生ゴミでも見ているような嫌悪感が溢れに溢れた目だった。


「わ、わざとじゃ」

「うるさい黙れ」


 否定しようとして止められる。

 青姉はもう俺に喋らせるつもりはないらしい。

 逆らっても良いことはないと判断した俺は俯いて、言われた通り黙ることにした。


「俯くんじゃない」


 足先で俺の顎を押して顔を上げさせる青姉。

 屈辱的な仕打ちを俺はすらりと伸びる足を眺めながらただただ受け入れる。

 彼女が履く足の甲が見えるタイプの短い靴下は、青い絵の具に白を混ぜたような薄い水色だった。


「なぁ鈴、人の体をいやらしい目でばっかり見る奴へのお仕置きって、どうすればいいと思う?」


 青姉は蔑むように睨みながら俺の胸元を足先で撫でる。

 俺は、綺麗な足を擦り付けられて変な気分になりそうになるのを自らの太ももをつねって誤魔化しながら敬語で答えた。


「わかりません」

「ふっ、そうだろうな。鈴みたいな万年発情期の犬にはわからないよな」


 青姉は言い、バカにしたように鼻で笑う。

 俺はもはや人間ですらないらしい。


「でも私にはわかるぞ。そんなエロ犬にどんなお仕置きをすればいいか」


 ガタッと乱暴に椅子から立ち上げった青姉は、すぐに床へ膝をつき俺の耳元に顔を近づけて、氷のような声で囁いた。


「去勢だよ」


 俺は背筋がゾクゾクとする感覚に襲われる。

 少し興奮しそうになった俺はもしかするともう手遅れなのかもしれない。

 俺が新たな扉を開けそうになっている間に青姉は立ち上がり、上から見下ろして告げた。


「それか今日一日私の犬として生活するかのどっちかだな」

「犬でお願いします」


 俺は食い気味で返事をする。

 去勢と犬。答えは一択だった。


「そうか。じゃあはいこれ」


 青姉も一択だと思っていたのかすぐにパーカーのポケットからなにかを取り出して俺に手渡す。


「こ、これって」


 渡された物。それは大型犬用の青い首輪だった。


「あっ、ちゃんと名前のキーホルダーが見えるように着けろよ」


 思い出したように命令する青姉。

 首輪には骨の形をした金色のキーホルダーがついており、そこにはローマ字でRINと掘られていた。


「あの青姉、これなにする為に用意してたの?」


 今日用意したとは思えない物を渡され俺は青姉に尋ねる。

 だが青姉に、


「私の許可なく人語を喋るなこの駄犬。犬は犬らしくワンとか言っとけ」


 と怒られてしまった。

 虚しくなった俺は、首輪を着けて静かに吠えた。


「わん……」

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