授業15 抜き足、差し足、忍び足

 母さんがイギリスに戻って一週間後の朝。

 俺は眠る青姉の部屋に忍び込んでいた。

 この一週間、青姉のやる気は収まることなく毎日のように勉強だけをさせられ俺には鬱憤が溜まっている。

 そして、今その鬱憤を晴らそうと眠る青姉にイタズラしにやってきたのである。

 ぐへへへへ。


「よくもまぁあんなに勉強させてくれたなぁ」


 ゆっくりと青姉が眠るベッドに忍び寄る。


「んんっ」


 ベッドの近くまでたどり着いた瞬間、青姉が艶っぽい声を上げながら寝返りを打った。


「ぶふぅ!」


 青姉の姿を見て俺は思わず吹き出してしなう。

 体にかけていた分厚い布団を蹴って床に落とした青姉は、下着の上に丈が短く透け透けで紺色なネグリジェを着ているだけだったのだ。

 俺の方へお尻を向けるように寝返りを打ったせいで、大人っぽい青色のショーツが軽く食い込み、青姉の傷一つ無い白くプルんとしたお尻の大半が見えてしまっている。


「な、なんて格好で寝てるんだよ」


 慌てて青姉を視界から外す。こ、こんなの予想外だ。こんな格好の青姉にするイタズラなんてエロいことしか思い付かないぞ。

 俺は青姉の魅力的な体の誘惑に抗うことが出来ず、チラチラと見てしまう。


「んんー」


 青姉はお尻への視線を避けるように再び寝返りを打って仰向けになる。

 そのせいで今度はショーツと同じブルーのブラジャーで隠された豊満な胸が強調された。

 深い谷間が俺を魅了する。


「や、柔らかそうだなぁ……」


 無意識に青姉の胸へ右手が伸びる。

 無防備に眠る青姉の姿は妖艶で、童貞には刺激的過ぎて直視すれば容易に理性を奪われてしまうのだ。


「いっ!」


 なんとか理性を残こしていた左手で自分の頬をひっぱたき、俺は正気を取り戻す。

 本能に従っていた右手はあと数センチで青姉の胸に触れる所だった。


「あ、危なかった」


 頬に痛みを感じながら右手を引き戻す。

 これ以上ここにいたら青姉を襲ってしまいそうだった。

 なので俺は踵を返し、部屋を出ようとする。

 だがそれが良くなかった。

 体を反転させようとして床に落ちていた布団に足を取られ、俺の体はベッドの方へ倒れる。


「やばっ」


 このままでは青姉にぶつかってしまう。

 俺は天井を向いたまま倒れようとする体を無理矢理捻り、ベッドの空白地帯へ手を突く。


「あ、危なかった」


 青姉に覆い被さるような体勢になってしまったけど、どうにかぶつからずに済んだ。

 青姉がもう一度寝返りを打つまでは。


「んぁー」

「ぐふぁっ」


 寝返りを打つ際に振られた青姉の右手が俺の脇腹にクリーンヒットする。

 そのせいで手の力が抜け、俺は青姉に覆い被さってしまった。


「んぐっ」


 俺の顔が青姉の胸に埋まる。

 胸の中は脇腹を殴られた痛みを忘れてしまうほど心地良かった。


「んあっ」


 青姉が蠱惑的な声を漏らしてもがいたことで、俺の顔は青姉の胸から離れ、ベッドのサラサラとしたシーツの上を転がる。


「あっ」


 天国のような感触を失い、つい声が漏れた。


「いや、これで良かったんだ」


 もうあの感触を味わえないのかと思うと少し残念だが、今ので青姉が起きてお仕置きでもされたらただでさえ勉強で弱っている俺の体と心が壊れてしまう。

 俺は少しの名残惜しさを感じつつ体を起こし、最後に目の前の絶景へ手を合わせてベッドから離れ――


「ようとしたのに腕ひしぎ十字固めぇぇ!?」

「この変態め! 私が寝ている間になにをしやがったぁぁぁ!!」


 いつの間にか目覚めていた青姉によって俺の右腕は掴まれ目にも止まらぬ早さで腕ひしぎ十字固めをめられる。 


「あぁぁ! だ、駄目! 青姉、それ以上されたらもう!」

「変な言い回しをしてんじゃねぇ! それじゃあ私がいやらしいことしてるみたいじゃねぇかぁぁ!」


 青姉は語気を強めて、力も強めた。

 ぐぐっと伸ばされた肘の関節が悲鳴を上げる。

 反対に、手は青姉の柔らかい胸に挟まれて歓喜していた。

 顔のすぐ近くには青姉の太ももとお尻があり、ぷにぷにしていて柔らかい。


「あああ! やばい! やばいよ青姉ぇぇ!」

「だからやめろって言ってんだろうが! このバカ鈴!」


 青姉の激しい責めに俺は色々な意味で悶える。

 痛い! 柔らかい。痛い! 柔らかい。

 痛みと至高の感触を交互に味わい、おかしくなりそうだ。


「なんで苦しそうな顔した後にちょっと嬉しそうな顔してるんだ。この変態!」


 青姉は毒吐どくづき、力を強める。

 肘の関節がミシミシっと鳴いた。


「うぎゃぁぁあ! ふひ。うあぁぁあ!」


 俺は、悶えて喜びまた悶えた。

 もうどれが痛くてどれが気持ち良いのかわからなくなってきてる。


「また嬉しそうな顔して、鈴のエロバカ! ドMの変態!」


 青姉は俺の顔を見て様々な言葉で罵倒し、腕を離す。


「変態はこの部屋から出てけ!」

「ぐふっ」


 そして俺を扉の前まで蹴り飛ばした。


「違っ、これは事故で」

「うるさい! どうすれば私の部屋に鈴がくるっていう事故が起きるんだよ!」

「た、確かに青姉の部屋に来たのは事故じゃないけど」

「言い訳なんていいから、さっさと出てけ!」


 青姉は床に落ちている布団に手を伸ばして拾う。

 前屈みになったせいで破壊力抜群の胸の谷間が見え、俺は鼻血が出そうになった。


「なに見てんだ、このアホ鈴!」


 俺の視線に気づいた青姉は拾った布団で体を隠し、枕やら本やら、ベッドの近くにある物を次々と投げてくる。

 駄目だ。怒りで話を聞いてくれそうにない。

 俺は体に色々ぶつけられながらどうしようかと考える。


「痛っ!」


 避けずにいたせいで固いなにかがおでこにぶつかった。

 ぶつかった時にリリンという音がしたから、たぶん床に同じ音を立てながら転がった目覚まし時計だろう。


「こっちも痛っ!」


 俺はおでこを押さえる為に右手を動かそうとして肘の部分に激痛を感じ、顔をしかめる。

 さ、さっきの腕ひしぎ十字固めのせいか。

 青姉の胸の感触に興奮していたおかげでだいぶ痛みが弱まっていたらしい。

 とりあえず無傷の左手でおでこを押さえる。


「つっ」


 ぶつかった所に触れ、軽い痛みを感じる。

 左手の指先には少し血がついていた。

 誰が見ても満身創痍だが、悪いことばかりじゃなかった。

 俺がおでこから血を流したのを見てなのか、青姉は物を投げるのをやめてくれたのだ。


「青姉」


 今なら話を聞いてくれるかもしれない。


「勝手に部屋に入ってごめんなさい!」

「あ、謝ったってそう簡単には許さないぞ!」


 青姉はふんっと鼻を鳴らして顔を背ける。

 けれど話は聞いてくれるようだった。

 なので俺は話を続ける。


「本当は青姉に軽いイタズラをしようと思ったんだ。顔に落書きとかそういうやつ。だけど青姉がすごい格好で寝てたから」

「襲ったのか?」

「ち、違うよ。部屋を出ようとしたんだけど床に落ちてた布団踏んで転んじゃったんだよ」

「それで私の寝てるベッドに倒れたと?」

「うん。でも青姉にぶつからないように手をついたんだよ。だけどその時に青姉が寝返りを打ったから俺の脇腹に青姉の手が当たって、それで青姉の上に倒れちゃったんだ」


 俺は真実を包み隠さず青姉に伝える。


「本当にわざと私の胸に顔を埋めてたんじゃないだろうな?」


 青姉はじと目で睨んでくる。

 どうやら俺が胸に顔を埋めてた時には起きていたらしい。


「わ、わざとじゃない。信じて」


 俺は青姉の目を見つめて訴えた。


「はぁ。わかった。信じる。信じてやるよ」


 青姉は嘆息し、渋々といった様子で俺の言葉を信じてくれた。


「それじゃあ服着替えるから出ていってくれ」


 青姉がシッシッと犬猫を追い払うように手をヒラヒラと振る。


「わかった。青姉、信じてくれてありがとう」


 俺は最後にお礼を言い、青姉の言葉に従って部屋を出る。

 つもりだったのだが、


「はいはい。どういたしまして。でも後でお仕置きだからな」


 と青姉に言われて、俺は扉を閉める手を止めた。


「えっ、これ以上まだなにかされるの?」


 腕を壊されおでこから血を流しているのにさらにお仕置きされるという衝撃の事実に、俺は言葉を無くして立ち尽くす。

 俺を見て、青姉は下着が見えないように布団を体に巻いたまま立ち上がり、扉の前まで来て言葉を発した。


「嬉しいだろ? ドMの変態鈴君ならさ」


 バタンっと激しく扉が閉められる。

 俺は気づくべきだった。

 事故だと信じて貰えても、許して貰えるわけでは無いということに……。

 そして俺は、二度と眠る青姉にイタズラしようなどと考えないでおこうと心に誓うのだった。

 ああ、俺は一体なにをされてしまうのだろう。

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