授業11 一緒にお風呂に入るんだよ

 シャワーのお湯で体を清める。


「やってしまった」


 俺はお風呂場の壁に額をついて呟いた。

 試合に負けたボクサーの気分だ。いや、もっと憂鬱か。だって青姉の前でお漏らししてしまったんだから……。

 くっ、高校生にもなって漏らすなんて……。

 俺は虚しくなって軽く涙する。


 どうしてこうなった? 漏らさずに済む方法はなかったのか?


 後悔しながら、椅子に座って自らの粗相で汚れたズボンと下着を洗う。

 嗅覚を刺激していたアンモニア臭は徐々に落ちていく。


「はぁ……」


 自然と溜め息が出る。

 頭に当たるお湯が温かくて、それが余計に俺の心を沈ませた。


「り、鈴? だ、大丈夫か?」


 お風呂場の扉を優しくノックされる。声をかけてきたのは青姉だった。


「大丈夫だよ」


 俺は、シャワーの音にかき消されそうなか細い声で返事をする。大きな声を出す気力すらもうなかった。


「ほ、本当に大丈夫か?」


 なおも青姉は聞いてくる。どうやら心配をしてくれているようだ。

 だがその心配も、今の俺にとっては虚しさを増幅させるだけでしかなかった。


 青姉が服を脱ぎ出すまでは――。


「へっ、あっ、なっ、なにしてんの青姉!?」


 俺はあまりに理解不能な状況に、お漏らしをしたことなど忘れて、扉の向こうで一枚一枚服を脱いでいく青姉に問う。

 青姉は清々しいくらいはっきりと答えた。


「鈴と一緒にお風呂入るんだよ!」

「はぁ!? い、意味がわかんないんだけど!」


 俺は素っ裸で扉を押さえる。青姉は下着姿だった。


「鈴、開けろ!」


 青姉は下着姿のまま扉をガチャガチャと押し、お風呂場への侵入を試みる。


「あ、青姉、なんでこんなことするんだよ! 恋人でもない年頃の男女が一緒にお風呂なんてどう考えてもおかしいじゃん!」


 必死で扉に体重をかけ、青姉に言い聞かせる。


「おかしくない! 鈴は私がトイレに入っていたせいでお漏らししたんだ。だから私が後始末するのはおかしくない!」


 青姉は俺の言葉に反論し、先程よりも強く扉を押した。


「お、おかしいよ! それに、そんな姿で入ってきて、後始末ってなにする気なんだよ!」


 一瞬扉が開いて焦ったが、なんとか耐えられた。


「なにって、汚れた場所を洗うに決まってるだろ!」

「決まってないわ! というか汚れた場所ってもろアウトな場所じゃないか!」


 お漏らしで汚れる場所。それはつまり下半身だ。

 すりガラス越しとはいえ青姉の脱衣シーンを見せられてただでさえ興奮しているのに、直接青姉に洗われたりしたら大変なことになってしまう。


「アウトだろうとなんだろうと、私が鈴の体を洗うんだ!」

「バカなの!?」


 青姉は頑として譲らず、扉を押し続ける。

 このままでは押し負けてしまうと思った俺は、どうすれば青姉が諦めてくれるのかを考える。


 青姉はたぶん責任を感じて償いをしようとしてくれてるんだ。

 だったら別に一緒にお風呂入らなくても、他の償いを用意すれば良いのでは?

 よし、そうと決まれば俺がすることは一つだ。


「青姉ストップ! 話があるんだ!」


 俺は大きな声で対話を要求する。


「なんだよ!」


 青姉は不服そうに叫びながらも扉を押すのはやめてくれた。

 ふぅ、ひとまず安心だ。

 俺は一度深呼吸をして、青姉に尋ねる。


「青姉はトイレに入っていたことを悪かったと思って俺の体を洗おうしてくれてるんだよね?」

「ああ」


 青姉は腕を組んで右足をトントンと揺すって頷く。思い通りにいかなくて相当イライラしているらしい。

 俺は急いで続きを話す。


「じゃ、じゃあ! 体を洗うんじゃなくて他のことにしてくれない?」

「なんで他のことにしないといけないんだよ。私に洗われるのがそんなに嫌なのか?」

「ち、違うよ。ただ青姉みたいな美人に体を洗われたら理性を保つ自信がないから他のことにして欲しいんだよ。だから、青姉、お願い!」


 俺は自分の胸の内を正直に伝え、お願いする。


「び、美人っておまっ。も、もう、仕方ないな。わかった。他のことでも良いぞ」


 すりガラス越しの青姉は突然もじもじし始め、意外にも案外すんなり俺のお願いを聞き入れてくれた。


「それで他のことってなんなんだ?」

「そ、それは……」


 特になにも考えていなかった為、返答に困る。


「なんだ? なにも考えてないのか? それじゃあやっぱり体を洗って」

「考えてる! 考えてるから!」


 再び中へ押し入ろうとする青姉を諌めつつ、俺は脳をフル回転させて青姉にしてもらう

いたいことを考える。

 なんとか思いついた。


「み、三つだけ俺の言うことをなんでも聞いてくれる。なんてどうかな?」

「んー」


 青姉は小さく唸った。

 さすがに三つは調子に乗り過ぎたか?

 そう思い、一つだけに変更しようとしたところで、青姉は、


「わかった。それでいい」


 と頷き、服を着始めた。


「それじゃあ、なにかして欲しいこと思いついたら言えよ」


 数秒後、全ての服を着終えた青姉はなにごともなかったかのようにあっさりと脱衣場から出ていく。


「良かった。なんとかなった」


 俺は安堵し息を吐く。と同時に、自分の息子が直立していることに気づく。


「ま、まぁあんなの見たら仕方ないか」


 この後、俺は自分で体を洗いお風呂を出た。息子をどうしたのかは言わないでおくよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る