授業8 音楽はお好きですか?

「ねぇ青姉、今日はなにする?」


 キッチンで昼食を作っている青姉に尋ねる。

 青姉は包丁でリズム良くなにかを切りながら返事をした。


「う~ん、どうしよう。鈴はなにかやりたいことないのか?」

「やりたいこと?」


 青姉と一緒にやりたいことか……。

 エロいこと。なんて言ったら今持ってる包丁が飛んで来そうだし、なにか真面目なやつは……あっ!


「音楽なんてどう?」

「音楽?」

「うん。リズミカルな包丁の音を聞いてて思いついたんだ」

「へぇー。それじゃあギターでも弾くか?」

「ギターなんてあるの?」

「ああ、こういうこともあるかと思って、持ってきてるぞ」


 青姉は言い、切っていたものをフライパンに入れた。

 ジュウという音がして部屋に香ばしさ

とスッキリ感を兼ね備えた香りが部屋に漂う。

 青姉が切っていたのは葱だったようだ。

 すんすん。


「うん。美味しそうな良い匂いだ」


 それにしてもギターまで持ってきてるなんて青姉は準備が良い。

 ここまで準備がいいのにどうして普通の教材は持って来なかったのか気になる。

 もしかして一番勉強したくなかったのは青姉なんじゃ……いや、でも週に二日ぐらいは勉強してるからそれもないのか。

 本当に謎だな。


「もう出来るからスプーン用意して座っててくれ」

「はーい」


 青姉の言葉で思考を切り替え、俺は言われた通りスプーンを食卓に並べて席に付いた。

 程なくして青姉が出来上がった料理を持ってキッチンから出てくる。

 昼食は葱のたっぷり入ったチャーハンだった。


 ●●●


 昼食を食べ終えた俺達は、さっそく青姉の部屋でエレキギターをアンプに繋げていた。


「それにしても青姉って本当になんでも持ってるね」

「鈴と遊ぼうと思って色々準備してたんだよ」


 俺達はチューニングをしながら会話する。


「そっか。じゃあもっと色々しないとね」


 先にチューニングを終わらせた俺は口元が緩むのを感じながら青姉に言う。

 青姉が俺のことを考えてくれていたことが嬉しくてニヤけてしまったのだ。


「ああ、これからもっと色々しような」


 青姉もチューニングが終わったようで、青姉はポロロンと上から順番に弦を震わせて優しく笑いかけてくれた。


「青姉はギターどれぐらい弾けるの?」


 慣れた様子でギターを扱う彼女を見て気になり尋ねる。


「ん? ちょっとだけだぞ?」


 言い、青姉はギターを弾いて見せる。

 指先を滑らかに動かして激しいメロディを奏でる。

 素人の俺から見れば、今すぐロックバンドのギタリストになれと言われても通用するレベルに思える。

 これでちょっとだけは謙遜しすぎだ。


「すっごい上手いじゃん」


 演奏を最後まで聞いてから、俺は賞賛の言葉と拍手を贈る。お金を払いたいぐらいだった。


「あ、ありがと」


 青姉は照れくさそうに微笑む。


「俺も青姉みたいに弾けるようになるかな?」

「い、一日では無理じゃないか?」


 青姉は俺の言葉を聞いて、今度は困ったように苦笑していた。


 ●●●


 夕方。休むことなく練習を続けていた俺に青姉が告げる。


「ぎ、ギターはこれで終わりにしよう」


 青姉はアンプのボリュームをゼロにしてからギターに繋がっているコードを外す。

 続けて綺麗な布でギターを拭いてからケースに入れ、押し入れへ片付けてしまった。


「ちょっ、なんで片付けたの?」


 さっきまで優しくコードを教えてくれていたのにどうして急に片付けるんだ。


「そ、それはその、そ、そろそろ晩ご飯の準備しないといけないし」

「まだちょっと早くない?」


 いつも晩御飯を食べる時間と比べると二時間ぐらいは早い気がする。


「そ、そうだけど、その、えっと」


 青姉はもごもごと歯切れが悪い。


「言いたいことがあるならはっきり言ってよ」

「そ、それじゃあ……」


 決心したらしい青姉は一度深呼吸をしてから、俺に予想外の現実を突きつける。


「鈴には音楽のセンスが壊滅的になかったから気を使ってやめたんだ」

「なっ!」


 お、俺に音楽のセンスがない!? そ、そんなバカな!?


「じょ、冗談だよね?」


 そ、そうだよ。きっと青姉はギターを弾くのに飽きて早く終わりにしたいから言ってるだけなんだ。そ、そうに違いない!


 俺は動揺する心を落ち着かせようと猫に終われたネズミのように必死で現実逃避する。だが、青姉にゃんこは容赦なく俺を現実へ引き戻した。


「いや、冗談じゃない。鈴には音楽のセンスがほぼ皆無だ」


 見たことないぐらい真剣な表情をして青姉は慰めるように俺の肩へ手を置く。

 けれど青姉はそんな慈悲に満ちた自らの行動を嘲笑うように続ける。


「同じコードをしかも一番簡単なコードをずーっと弾いてるのに一向に上手くならないし、なにより途中で歌ってた歌が酷かった。音程は全く合って無いし、リズムも全然取れてない。鈴、お前、完全に音痴だ。だからそのことに鈴が気づく前にやめようと思ったんだよ」


 マシンガンを操る歴戦の兵士が如く、青姉は次々と俺へ弾丸を撃ち込んでいく。

 その威力に俺の心はあっさり砕け、もう欠片すら残っていなかった。


「は、はは、はははは」


 俺はギターを布で拭きながら笑う。

 そっか。俺、音痴なんだ。

 今まで母さん以外の前で歌ったことなかったから気づかなかった。

 あの時母さんが嬉しそうだったのは俺が人前で歌うのを想像して面白がってたからだったんだな。


「……」


 無言でギターをケースに入れ、押し入れへしまう。

 そして――。


「うわぁぁーー!!」


 大声で叫びながら青姉の部屋を飛び出した。


「あっ、おい鈴!」


 青姉の呼ぶ声が聞こえたが、俺は振り返ることなく自分の部屋へ駆け込み、ベッドに飛び込んで頭まで布団を被る。


「あの鬼畜ぅ!!」


 布団の中で、母さんがりっくんは歌が上手ですねと褒めていたのを思い出し、俺は枕をぎゅうっと握りしめ、日本にはいない母さんに対して憤慨し罵倒した。


「許すまじ、あのロリババアぁぁ!」


 部屋の扉の前に本人が立っているとは知らずに……。

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