授業6 デジャブ

 言われた通り自分の部屋で待っていると、机の上のスマホが鳴った。

 情報を俺に届けようと自動で画面が起動される。優秀な相棒だ。

 どうやら青姉からのメッセージらしい。


『授業の準備が出来たから私の部屋に来てくれ。あ、ちなみに私の部屋は鈴の部屋の隣だから』

「了解。っと」


 俺は返信をしてベッドから起き上がる。

 隣の部屋ならちょっと大きな声で呼ぶだけでも聞こえると思うけど、青姉とスマホでやり取り出来て嬉しいからいいや。

 俺はメッセージに従い、出て青姉が使うことになった部屋へと向かう。

 俺が寝ている間に余っていた部屋を掃除をして荷物を持ち込んでいたらしい。

 部屋の前についた俺は扉を開けて中に入る。


「えっ?」


 部屋にはスーツ姿の青姉が立っていた。


「どうしてスーツなの?」


 パンツタイプのグレースーツだ。


「気合いを入れる為だ。それより、はい。そこに座る」


 青姉は右手に持った指し棒を伸ばして足元の座布団を叩く。


「わかった」


 俺は素直に従い座布団に座った。


「これ一人で運んだの?」


 正面に置かれた大きなホワイトボードを見上げて聞く。


「そうだぞ?」


 どうやら青姉は普通のことだと思っているらしい。首を傾げてきょとんとしている。うん。可愛い。

 でもね青姉。普通は一人で階段の上まで運べないよ。誤って落ちたら大怪我だ。


「あんまり危ないことしないでね」

「ん? まぁ、わかった。……?」


 うーん。あんまり理解してなさそうだけど、仕方ない。

 今は話を戻そう。


「それで授業ってなにするの?」

「えっと、そのことなんだけどな。さ、さっきも言った通り、り、鈴と一緒に考えようかなぁ? なんて思ってる」


 青姉は指し棒をクニクニと曲げ、目を泳がせる。可愛いなおい。

 でもそれってつまり……。


「特に考えてないってことだよね?」

「そうだよ! 正直久々に鈴に会えるのが嬉しくて授業のことなんて考えて無かったんだよ! 悪いか!」


 青姉は少し頬を桃色に染めてホワイトボードに指し棒をぺしぺしと叩きつけて開き直る。

 俺なんかに会えるのが嬉しいなんて、やっぱり青姉は変わり者だな。

 そんなこと言われたら、ニヤけちゃうじゃないか。


「なに変な顔してるんだ?」

「んんっ。べ、別になんでもないよ」


 俺は慌ててゆるゆるになった顔に力を込め気を引き締め直す。


「ふーん。ならいいけど」


 危ない危ない。またからかわれるところだった。

 少しだけ怪訝そうな顔をされただけで追及してくる様子もないしセーフだよな。

 青姉は指し棒伸縮させて遊んでるし。

 それにしても、あの指し棒、曲げられたり叩きつけられたりしてるけど大丈夫か?


「それで授業はどうするの?」


 指し棒も心配だけど今は授業の方が重要だ。


「うーん」


 青姉は唇を尖らせて首を傾げる。


「あっ」


 おっ、なにか思い付いたらしい。


「今からなにをするか考えよう!」


 ビシッと指し棒で俺を指した。

 なにも思い付いてなかったみたいだ。

 まぁやっと本来の使い方をして貰えて、指し棒がどことなく嬉しそうだからいっか。

 なんて冗談は置いといて、


「考えるのは良いとして教材はどこにあるの?」


 部屋を見回しても全然見当たらないけど。


「教材? そんなの持ってきてないぞ?」

「は?」


 えっ、なんで、この人自信満々に言ってんの? 実はなにも教える気ないの?


「えっと青姉、じゃあなにを使って授業をするつもりだったの?」


 もしかして俺の持ってる高校の教科書使うつもりだったのかな。

 それなら通ってないけど高校に入学したのが無駄にならなそうで良かった。


「……った」


 青姉は俯き呟く。声が小さくて良く聞こえなかった。


「なんて言ったの?」

「だから考えて無かったって言ってんだよ!」


 またも指し棒をホワイトボードに叩きつけ、青姉は怒鳴る。

 さっきよりも力が強かったのか指し棒は負荷に耐えきれず折れてしまった。


「危なっ!?」


 折れた指し棒の片割れが俺の顔の方へ飛んでくる。俺は間一髪で体を倒して回避する。


「ほっ……」


 あ、危なかった。もう少しで怪我するところだ。


「ちぇっ」


 青姉が即座に舌打ちをする。


「ちょっ、舌打ちはおかしいでしょ!」

「別に舌打ちなんかしてないし。ちぇっ」

「してたよ! というか今したじゃん!」


 青姉は不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、もう一度舌打ちをしてから、平然と嘘を吐く。

 なんかどんどん機嫌悪くなってきてる。


「さっきから細かいことばっかりぐちぐちと、そのうちタンスの上とかに指を這わせて掃除が行き届いてないザマス。とかケチ付けてくる気だろ! 鈴の小姑こじゅうと!」

「誰が小姑だ! そっちこそ先生じゃなくて子供みたいじゃないか!」

「私が子供だって言うなら鈴は子供の体に欲情するロリコンなんだな。この変態!」

「んなっ!? あんなにエロいことしといてよく言えるな! お酒を飲んだからってあんなことする青姉こそ変態だろ!」


 そもそも青姉みたいな美人にあんなに密着されて興奮しない方がおかしい。


「私は変態じゃない! 変態は鈴だ!」

「いいや、変態は青姉だ! 青姉なんか変態を通り越してビッチだ!」

「はぁ!? 誰がビッチだ! 私はまだ、ってなにを言わせる気だ! この童貞変態エロ魔人!」

「だ、誰が童貞変態エロ魔人だ! こ、この酒飲みエロ酔いビッチ姉!」

「ふ、ふざけんな! 私が普段からあんな酔い方するわけないだろ! あれは鈴だから、ってわあぁぁぁぁぁ! な、なんでもない! 私はなにも言ってないぞ! バカやろぉぉぉぉ!」


 耳まで真っ赤にした青姉は叫びながら、突然アッパーカットを繰り出す。


「えっ」


 俺は予想だにしない攻撃に反応出来ず、青姉の綺麗な拳で顎を撃ち抜かれた。


「ぐえぇ!!」


 体は宙を舞い、後方へ。

 あー、なんかデジャブだな。それもごくごく最近あったな。

 どうしようもない状況の中、俺は思い出す。

 確か後頭部を――俺の思考はそこで停止する。

 同時に猛烈な痛みが後頭部を駆け巡った。

 ベッドの角、つまり硬い木枠の部分に後頭部をぶつけたのである。


「#@/~#!!」


 痛みが強すぎて俺は声にもならない声を上げながら床の上を転がり回り、最終的に意識を失ってしまう。


「あ……」


 最後に視界に入った青姉はやってしまったという顔をしていた。


 その後、目を覚ました俺は申し訳なさそうにする青姉とお互いの非を認め合いつつ話し合い、結局授業は二人がその日にやりたいことをやろうということで結論となった。

 それが授業と呼べるのかはわからないけど、とりあえずそういうことになったからそれでいいのである。

 気に入らないことがあるとすれば、一週間に一度は必ず朝から晩まで通常の勉強――高校で習う勉強――をしないといけなくなったということぐらいだ。

 そうしないと青姉じゃなくて他の先生呼ぶとか言って、俺が青姉以外は嫌だってことわかってる癖に青姉は卑怯だ。

 そんな感じで若干ぶーたれつつも、内心、明日からの授業が楽しみで仕方なかった。


 ああそれと、すぐに手が出る青姉にはお仕置きとして三十分間正座をしてもらったよ。

 痺れた足をツンツンしてやった時の青姉の反応が可愛過ぎて、それはもう萌えました。

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