猫耳の原因

赤木入伽

猫耳の原因

 小学生の頃は男子に混じって半袖半ズボンで、高校生になった今でも真冬のミニスカートもどんと来い――と病気知らずの私だったが、今日ばかりは自室の布団にもぐりっぱなしだった。


 そう。私は病気にかかった。


 それも珍しい病気に。


「治る、んだよね?」


 お見舞いに来てくれた友達の早苗が、恐る恐る聞いてきた。


 普段の早苗とは思えないほど神妙な面持ちだ。


 どうやら本当に私のことを心配しているらしい。


 私は少し気恥ずかしくなり、軽い笑顔でそれを誤魔化し、早苗の問いに頷いた。


「普通は一週間で消えるって。もしそれ以上あったら、精密検査とか、手術が必要かもって。あ、でも、その前に薬物療法があるんだっけかな? まあ、いずれにせよ怖い病気じゃないし、治らない人なんてほぼいないって」


 医者からの説明をうろ覚えのまま言う私だったが、早苗は「それなら良かった」と安堵した表情を見せる。


 ただ、もし治らない重病であれば、私は自宅ベッドではなく病院にいただろう。


 その辺りを察せられない早苗はちょっと馬鹿だと思える反面、私は私でこの病気に不安を持っていたので、そういったいつもの間抜けな早苗を見ると私も安堵できた。


 とは言え、いつもの早苗というのは、


「とは言え、やっぱ可愛いね」


 私の病気の姿を見て、そう言い出す。


「笑うなって」


「笑ってないよ。可愛いって思っただけ」


 早苗は言うが、その子供みたいに小さな口の端は明らかにピクピクとして、今にも満面の笑みが出来上がりそうだった。


「どうせ私には似合わない病気って思ってるんでしょ」


「そんなことないよ? ソレ、とっても真理子にお似合いだよ?」


 そう言う早苗は、やはり確かに笑っている。


 この野郎――と私は口の中で小さく呟く。


 病気がたいしたものではないと分かるや否やこれだ。


 ただ、この病気は私に似合わないだけで、病気そのものが可愛いことは私も認めている。


 だから、なおさらたちが悪い。


 なにせこの病気は――


「にしても、不思議な病気だよね。猫耳が生えるなんて」


「あぁ、世界でも年間三〇〇人程度しか発症しないって」


 という、奇病だ。


 一般に猫耳病と知られているアレだ。


 頭に猫の耳のようなものが生えてしまう病気。


 そう。今、私の頭には猫耳が生えている。


 ふさふさ、ふわふわして、たまにピクピク動く三角形のやつが、頭頂部の左右に二つある。


 聴覚としての感覚はないが、触られるとくすぐったいので触覚はある。


 生えていることで痛みやだるさなんてものはないが、これはホクロかと思えば癌だった、みたいなことにもつながりかねないので、安静は必要なのだという。


 私もテレビで見たことはあったが、まさか自分がかかるとは思ってもみなかった。


 ちなみに黒猫。


 色は髪の色と同じことがほとんどらしい。


「あ、ところでプリン買ってきたけど、食べれる? アジとかサバが良かった?」


「気遣ってくれてんのか、バカにしてんのか、どっちだよ。ちなみに食事はいつもどおりでいいらしいから、ぶっちゃけアジでもサバでもいい」


 魚好きだし。


 早苗はあははと笑う。


「ほんと、いろいろ不思議だねぇ。ちょっと調べてみよ。あ、これプリンね」


 言って早苗はスマホとプリンを鞄から取り出し、プリンを私に差し出した。


 猫耳を笑われたことはムカついたが、お見舞いにプリンまで買ってきてくれたことに私はまたなんだか気恥ずかしくなった。


 馬鹿っぽくて、子供っぽいところがあるが、結局のところ早苗は良い友達なのだ。


 これからも大事にしたい――友達――


 あ――


 私は一つのことを思い出す。


 ちょっと――


「ちょっと待て!」


 私は大声をあげた。


 早苗は肩をビクリと震わせると、「え? え? なに?」と硬直したが、一方で大声を出した方の私も硬直してしまった。


「ええっと――あぁ、そのだなぁ――」


 思わず私は口ごもる。


 そして三秒の沈黙。


 が、こういうときに早苗は察しがいい。


 馬鹿のくせに。


 早苗は、先ほどまで笑っていないと言っていた口元を大きく歪ませた。


 早苗の顔は、ニタニタとした笑みになった。


「じゃあ、ちゃっちゃと調べまーす。オッケーグーグル。猫耳症――っと」


「ちょっと待てって!」


 私は布団から飛び出て、早苗に抱きついたが、


「なになに? 治療には外科手術のほか、近年ではカウンセリングが有効とされています。ストレスの原因を解消するようにしましょう」


「待てって言ってるだろ! そんなことなら私が説明するから!」


 意外に力がある早苗はスマホを手放さない。


「病気の原因としては、思春期のホルモンバランスの変化もあり、ストレスが大きな要因と――って、ちょっと邪魔だよ。ふぅぅ」


「キャぅぅ――!」


 突然、猫耳から全身に妙な刺激が波打ち、私は脱力する。


 この野郎、耳に息吹きかけやがった!


「あはは。本当に敏感な猫耳だね。キャゥ! だって。っと――よっこいせっ」


 私はなおも抵抗するが、早苗はうつ伏せの私に馬乗りしてきた。


 くそ、病人をなんだと思ってやがる!


「このやろう――ちょっと! 待ってって!」


 私は首を捻って早苗を睨みつけて言うが、早苗はしっかりと私の腰に腰掛け、スマホの続きを読み上げてしまう。


 最後まで。


「えーっと、ストレスが大きな要因となり、特に恋愛の悩みが原因となることが多い――です?」


 最後まで読まれて、私は脱力した。


 耳に息をかけられてもいないのに。


「へぇぇ。恋愛の悩みが原因ねぇ」


 早苗がいい笑顔を作った。


 さっきまでのニタニタ顔とはまた違う――


 とても柔らかく、フレンドリーで、温もりがあり、天使のような笑顔だ。


「それならそうと言ってくれれば相談に乗るのに……。おやおや、顔なんか隠しちゃって、照れてるんですか? 本当にかわいいですねぇ。それで? そんな可愛い真理子は恋に悩んでいるんですか? 誰かが好きなんですか? それとも誰かに好かれているんですか? 片思い? 三角関係? 禁断の関係? はっ、もしかして私に?」


 こういうときの早苗は、相手が病人だろうが無慈悲である。


 これに対する作戦は、黙秘を貫くのが結局一番だ。


 ただ、私に馬乗りになっていた早苗は、顔を隠した私の様子を窺おうと、私に覆いかぶさるように顔を近づける。


 自然、私の背中一面に早苗の身体の体温と感触が伝わり、猫耳じゃない耳に早苗の息遣いが響き、――私はより一層に恋愛の悩みを増幅させる。


「どした、どしたの? お姉さんに言ってみな?」


 早苗が言うが、私は黙秘を続ける。


 とてもじゃないけど、さっきのお前の最後の言葉が正解だ、とは言えない。

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