第4話 見えないどこかの上目遣い
「じゃ、じゃあ、行こうか?」
「こっちに連れて行く?」
「あ、行きたい所があったの? それじゃあ、しいちゃんについて行こうかな」
「違う。お兄さんが私をエスコート?」
何故疑問形なのか、先に行く人が分からないならどうにも出来ないと思うけど。
「俺に聞かれても分からないけど、えーと……手を繋ぐ、でいいのかな」
「そう、私と手を繋ぐ。右手出す? 左手?」
ううーん? しいちゃんというか、椎奈さんはもっとサバサバ系でお姉さんっぽかった……いや、不思議系だったはずなんだけど、どうしてこうなったのだろう。
俺の妹さんになることを決めた辺りから、精神年齢をコントロールしたのかってくらいに幼くなってる気がする。
「ひ、左手を出してくれる?」
「ん、恋人繋ぎ」
「いえいえいえ、普通に繋ごうか」
「ヘタレ?」
「――っ」
本当に参る。椎奈さんは絶対に妹キャラを演じているとしか思えない。ここはヘタレ野郎と思われても、むしろ兄として率先して手を繋いでみせる。いくら妹さんでもゆかりなさんに見られでもしたら、また叱られてしまうのは目に見えているからだ。
「普通繋ぎ?」
「ごめんね、とにかくこっちに歩けばいいのかな? っていっても商店街通りしかないけど」
「それでいい。デートするお兄さんが好きだから」
「はは……よくわからないけどありがとう?」
もし椎奈さんが姉という立場を選んでいたら、俺が弟として甘えるキャラになっていたのだろうか。そこだけはちょっとだけ興味がある。でも今はお兄さんと呼ぶ妹さんが俺の手を繋いできている。それでいいじゃないか! 妹サイコー! だからこれは決してゆかりなさんを裏切る行為ではないのだ。
「何食べるか決めた?」
「いや、あの……まだ商店街の手前であって、お昼でもないよ? しいちゃんが行きたい所に行くから、決まっているなら遠慮なく手を引っ張っていいからね」
「……そうする。お兄さん、全力疾走」
「っと……うわわわ!」
「走る。走って、早く早く」
「わ、分かったから引っ張らないでー」
そして連れて来られた場所がスーパーというオチである。確か俺はデートに誘ったはずじゃなかったかな。それに財閥のお嬢様が特売スーパーのタイムセールに走るとか、誰の影響なの?
「しいちゃん、あの、別にそんな特売じゃなくても俺が奢るよ? デートなんだし……」
「駄目。お兄さん、貧乏だから。だから頑張る」
「いや、貧乏って……」
「知ってる。だからこの時間を使う。OK?」
「オーケー……」
デートという名を使用して貧乏な俺を救済する日でしたか、そうですか。泣ける……お兄さんと呼ぶ割には、彼女から慕いの感情やら好意やらをあまり感じられなかったのだが、そういうことだったのか。
近所のおば様たちに交じって、妹さんである椎奈さんがタイムセールで頑張る姿は、色んな意味で泣ける。考えなくても分かる通り、ゆかりなさんという嫁(仮)がいるのに、お兄さんと呼んでくる妹さんに何を求めるというのか。
「しいちゃん、ガンバレー」
とまぁ、一応応援の声を掛けるも、セール棚に夢中ですかそうですか。挫けずに生温かい目で、椎奈さんが戻って来るまで端の方で突っ立っていた俺だったのだが、どこからか冷気を……ではなく、冷たい視線を感じているような気がしてならない。
「……じー」
この視線には覚えがある。まさかと思うが、尾行して来ているのか? 近くにいるはずなのに姿が全く見えないんだが、どこにいるというのか。これはデートじゃないんですよ? いるなら声をかけてくれY!
元妹さんであり、現彼女であるゆかりなさんはとてもちっさい女子だ。デートの時に、何度か高い高い……ではなく、抱っこをしたことがあるくらい軽くて柔らかくてとても可愛い。
そんな彼女がまさに俺と椎奈さんの近くに潜んでいるようだけど、場所の特定が出来ない。でも明らかにこの視線は彼女からのものだ。ゆかりなさんを探すことが出来ないのがもどかしい。そう思っていたのに、さすが姉なのか、彼女はあっさりと見つけられていた。
「ゆかりん、かくれんぼ?」
「ち、違うし」
「高久お兄さん、ゆかりんはここ。こっち来て」
「う、うん」
バーゲンセールに夢中だった椎奈さんなのに、ゆかりなさんの気配はすぐに察知出来るのか、すぐに妹の傍に近づいていた。言われたところに近づくと、確かにゆかりなさんの小さな体がそこにあった。
「ゆかりなさん、なに……してるの?」
「高久くんこそ何をしているのかな? わたしよりもしいちゃんを優先とか、偉くなったよね」
「え、えと……いや、ほら! しいちゃんは俺の妹さんだから。妹さんの頼みは聞く必要がありまして……」
「わたしも妹だし。それとも彼女兼将来の嫁に格上げしたから、わたしは妹ではないとでも言うのかな? 一言言ってくれればいいのに、どうして隠れてコソコソしているのか聞かせてもらおうかな」
まさにパパさんの言った通りの恐れていた展開突入なんですが、妹さんとデートだなんて言ったら、ますますゆかりなさんは俺に厳しくなるんじゃ?
「……ゆかりん、お兄さんとわたしはデート。ゆかりんも合流?」
「わーわーわー!」
「むぐ?」
思わず椎奈さんの口を塞いだが、これもよろしくない行動だったか?
「へぇー? しいちゃんとデートなんだー? それはそれは、お兄さん冥利に尽きるよね。やっぱりキミは彼女よりも妹さんの方が大好きなのかな。そういうことならわたしも彼女じゃなくて、妹に戻ろっかな? それも本当の兄妹に」
「いやいやいやー! それは許しませんよ? ゆかりなさんは俺の嫁……になるって決めてるんだからね? だからあの、何と言いますか、妹ではあかんのです。それに、彼女さんなのにどうして気安く声をかけて来ないで隠れていたの?」
「わたし、空気だから」
「へっ?」
「あるのが当たり前だし、いるのも当たり前なの。分かる?」
「ゆかりんは空気? うん、必要。お兄さんにも必要?」
いつかどこかで聞いたようなことがあるけど、空気って……いや、言いたいことは何となく分かるけど。
「そ、それならなおさら必要だよ。ゆかりなさんは俺にとって空気以上の存在なんだよ? だからですね、その……ご、ごめんなさぁい! 決してこれは浮気とかではなくてですね、妹さんとデートをするのも兄としての務めと言いますか、パパさんの差し金と言いますか……そういうわけでして、ゆかりなさんに隠すつもりは無かったんです。どうかどうか!」
「あはっ、何を謝っているのかな? 怒ってもいないのにさ。いいじゃん? しいちゃんとデート楽しみなよ? わたし、全然気にしてないし。何度もゆってるけど、高久くんはもっと成長すべきなんだ。その為にはわたしが近くにいたとしても、さり気なく気付く程度でスルーしてくれればいいんだよ。それじゃあ尾行する意味なんてなくなくない?」
尾行する意味こそどこにあるのやら。成長を望むなら何も近くにいなくても……なんて思ってはいけない。思ってはいけなかったのだ。
「とにかく、しいちゃんとデートを続けな! 分かった?」
「はいっ! 続けさせていただきます」
「ゆかりんは合流しない?」
「ん、ごめんねー? しいちゃんは、ヘタレなお兄さんと続けること! オーケー?」
「ん、ラジャー」
「――高久くん」
「はい!」
「せいぜい楽しんでね? 次は無いよ?」
「も、もちろんでございます」
「じゃあね」
「お、お気を付けて」
「ふん」
間違いなくふてくされておられる。義理とはいえ、椎奈さんには敵対心むき出しすぎるだろ。ゆかりなさんを振り向かせる、いや、前よりも俺を気にさせるためには、やはり成長を遂げて行かなければ駄目なのかもしれない。怒っていても可愛いのはどうすればいいんですかね。
「えっ? しいちゃん? あの、手……手を掴んでどうされる?」
「ゆかりんに見せつける?」
「いえいえいえ、触れなくてもいいからね?」
「そうなの?」
天然なのか? それとも天然小悪魔パート2ですか? どっちにしろ、妹さんとデートは戦々恐々すぎるんですが、俺はどうすれば正解するのでしょうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます