第3話 小悪魔は健在ですか、そうですか
「高久くん、椎奈さんは妹なんだよな? だったら可愛がらないとダメだろ。それこそゆかちゃんは、そんなことで怒らないはずだぞ。キミはもっと積極的だったはずだが……恋人になれたことで安心したか?」
「いえいえいえ、そんなことはないです! だって、クリスマスからひと月しか経ってないのに何というか、安心する余裕が無くなって来てますから……はは」
「とにかくゆかちゃんも忙しそうにしててここに来なくなってるし、椎奈さんとデートでも行ってきたらどうだ? 妹なんだし意識も何もないだろ」
「えええっ? 妹ってそれはだって……」
師匠改め、ゆかりなさんの元パパさんは考えも行動もワイルドすぎる。だからそんなことが言えるんだと諦めることしか出来ないわけだけど。当の妹さんであるしいちゃんは、キョトンとしていた。
天然女子だし、学校でもそんなに意識して話しかけてくるわけじゃないんだけど、どうにも俺とゆかりなさんとの関係を変な感じで理解したようで、何やら急に近づいて来たではありませんか。
「デート? する! お兄さんとデート好き」
「デートが好きってことかな? で、でも、俺にはゆかりなさんがいるわけであって」
「妹だから問題なし。OK?」
「い、いえす」
血の繋がりが無いってことだけど、押しの強さは姉妹そのものだった。それにしても、ゆかりなさんに会えていないのはどうしてなんだろう。外で会えなくしているのも彼女の厳しさなのだとしたら、俺も外ではモテていることを見せるべきなのか?
「じゃあ、お疲れさまでした! あの、本当に明日休んでいいんですか?」
「いいよ。高久くん頑張ってるし、妹さんとデート行って来いよ! あぁ、ゆかちゃんには言わないでおくよ。彼女はヤキモチ妬きだしな」
「そ、そうですね。いや、さすがに黙っておくのは良くないので連絡で……」
「いや、駄目だ。椎奈さんもそれだと気を遣うはずだ。だからこんな何てことないことでゆかちゃんにしても、椎奈さんにしても気を遣わせたら駄目だ。だから後で俺から言っとく。それでいいかな」
「は、はい」
元パパさんに逆らってはいけないと俺の中の誰かが警告している。料理人としては師匠だけど、ゆかりなさんの元パパさんとしては恐ろしく怖い。別に浮気でも何でもないし、いや、妹だしな。
「えっと、しいちゃん」
「……デート?」
「そ、そうだね。明日にでも行こうか?」
「うん、好き。お兄さんと行くの楽しみ。そのまま籍入れる?」
「いやいやいやいや! 飛躍しすぎだからね? と、とにかく明日ね」
「理解。お兄さん、よろしく」
「う、うん」
妹とデート? デートだよな。うん。浮気じゃないし、そもそもゆかりなさんは怒らないはずだし大丈夫ダイジョブ……大丈夫なはずだ。これを機に、俺は外を出歩き回ろう。運動無能者からの脱却だ!
「高久くん、いる~?」
「はいはい、今開けるよ」
妹として一緒に暮らしていたゆかりなさんは、今はお母さんの所に住んでいる。親父と別れたわけではなく、単にお母さんが多忙なだけであって親父は邪魔をしたくないらしいが、かなり寂しいらしい。
家族として俺の家にいた妹さんの部屋はもちろんそのままだ。立ち入り禁止になっていて、彼女が泊まりに来る時や遊びに来る時だけ、その扉が開放される。恋仲になっても妹さんの部屋に入ることは許されなかった。
「その後どうなの? ちゃんと鍛えてる? 試しにお腹にパンチするけどいいよね」
「い、いやっ、ちょっとまっ――」
「なにビビッてんの? 冗談に決まってるじゃん!」
「ですよねーはは……は……ぐふぁっ!? ズ、ズルイ」
ゆかりなさんは俺と付き合う前から蹴りとかを繰り出す女子ではあったけど、最近の自分の軟弱ぶりが相当ムカついているらしく、こうして顔を合わせるたびに彼女なりの愛情表現を繰り出して来るようになった。
「わたしのパンチなんて痛くないじゃん。そんなに大げさに痛がるなよ! 高久のくせに!」
「痛くないけど、不意打ちは結構クるものがありまして……もう少しおしとやかさをですね」
「ふぅん? そうゆうこと言っちゃうんだ。わたしのコト、いじめる?」
ああ、ちくしょう。そういうセリフを上目遣いで言うのは反則じゃないですかね。
「め、滅相もございません! いじめたことなんてないじゃないですか」
「いーや、あるね。えーと、イベント会場の時の神隠しとか、学校の時のジャンピング蹴りとか、バレーボールを狙ったように頭にぶつけたサーブとか……」
「ごっ――ごめんなさぁい! 俺が悪かったです」
くそう、惚れた弱みすぎる。元が近すぎた妹なだけに、ゆかりなさんは俺の弱点を知りすぎているのが割と困りものだったりする。
「で、どうなの? しいちゃんと仲良くしてる? 彼女にお兄さん呼ばわりされているお兄ちゃんとしては嬉しいのかな? ねっ、高久くん」
「彼女、天然だよね」
「そんなことないけど? もしかして、高久くんがそうさせてるんじゃないの? 妹好きだもんね」
「妹だからってそんな誰でも好きになるわけじゃないよ? 俺はゆかりなさ――」
「はい、ありがと。とにかくさ、高久くんは成長中だと思うんだ。だから、バイトもそうだし運動もだし、もっと外に出まくれよ。ということで、明日暇だよね? 暇じゃなくても一緒に歩きたい! ダメ?」
「あ、明日? いや、えーと……約束がありまして明日は無理でございます」
パパさん曰く、椎奈さんとのデートはゆかりなさんには言わない方がイイらしく、ここは個人名を出さない方がいいと判断した。妹さんとお出かけだから隠すことでもないんだけど。
「へぇ……? パパと買い出しとか?」
「そ、そうでございます」
「ふーん? じゃあ仕方ないかな。朝早いの?」
「た、たぶん、ゆっくりかな」
「そっか、おけおけ。じゃ、別の日にしとくよ。わたしと出かけたいんだもんね? ね?」
「さようでございます。ゆかりなさんと一緒にいると幸福になるのでございますよ」
「うし、わたし帰るね」
何と気まぐれな。詳しく聞かないし、しつこくしない所が彼女のサバサバしたところと言えばそうなんだけど、あっさり過ぎて何となく寂しい感じがしなくもない。
「ゆかりなさん、またね」
「うん。またね、高久くん」
以前は別れの度に、どこの新婚さんですかくらいにキスを求められたのに、今やナンテコトダ。
「くよくよすんなよ! 好きなのは変わらないんだしさ。そう泣きそうな顔をされるといじめてるみたいじゃん。わたしのこと、好きだろ?」
「好きだ」
「うんうん、またね!」
やはりキス禁止はそう簡単には解かれないらしい。何にしても明日は椎奈さんとデートだ。妹さんだから丁重に相手をするだけだけど。
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