第2話 天然とドSの狭間で

 

 ゆかりなさんに恋をした俺は、親たちがきちんと籍を入れる前までに、恋人から本当の夫婦になることを約束した。たくさんキスもしたし、運動無能者の俺も必死に努力して運動万能者にまでなった。


 ――それなのに!


「悪いけど、最近の高久は怠けが過ぎてると思うんだ。せっかくいい感じに成長してきたのに、運動とかやめてまた無能者に戻ってるんじゃないの? パパに聞いたけれど、しょっちゅう疲れたとか言い出すようになったらしいじゃん! いくら何でもそれはひどくない?」


「いやいやいや、だってそれは俺だって料理を覚えるのに必死! それにゆかりなさんの為に……」


「はぁ? わたしの為に何さ? そうやってわたしのせいにするとか、ちっとも良くなってない! だから思ったんだ。キミがまたいい感じになるまで色々禁止! とりあえずキスはしてあげないから」


「そ、そんなぁぁぁ……」


「高久くんはやれば出来る子なのにやらないで現状維持とか、そんなのはママだって許さないんだからね?」


 まさかお互いに好きを確かめ合ってから、すぐにこんなことになるなんて思わなかった。ゆかりなさんのお母さん……いや、以前と変わらず俺の母さんでもあるけど、母さんに認めてもらうために頑張って来たのに、どうしてこうなった。


 妹だったゆかりなさんを恋人にすることが出来た矢先、まさか妹さんから色々ダメ出しをされるなんて思うはずもなく、パパさんの所で料理修行を続けるばかりで、これまで続けてきた運動すらもやめてしまったことは俺的に後悔しまくりだ。


 今のところは、ゆかりなさんだけが俺に厳しく言ってきているだけだ。だけど、こんな無様な状況を母さんや親父は置いといても、パパさんにも知られたらせっかくの努力が水の泡と消えてしまう。


 ここはひとつ、パン仲間に頼ることにする。


「あ、あのさ、何かオススメの運動は無い?」


「どうしたよ? 花城に何か言われたんか?」


「たるんでるって叱られた。だから俺に救いの手を! サトルきゅん~」


「きもい、ヤメロ! 全く……何で俺が諦められたのか、その意味が無くなってるとかあり得ねえ」


 まずはまた体を鍛え直そう。そうしないと、真面目に妹さんの機嫌が日に日に悪くなりそうだ。


 ゆかりなさんには椎奈という姉がいる。花城の養女でゆかりなさん的には姉に当たるらしい。そして何故か俺のことをお兄さんと呼んでくる、何とも不思議系女子だ。


 養女ではあっても、ゆかりなさんが俺と婚約をするという大胆な結論を出したことで、花城財閥の後継ぎは椎奈さんに決まってしまった。しかし本人にはあまり自覚がないご様子。


「俺が椎奈さんの兄ってどういうことかな? ゆかりなさん的には姉なんじゃないの?」


「繰り上げ? 繰り下げ? どっちでもいい。ゆかりんにとっては姉。だけど、お兄さん的には妹。だから、しいちゃんと呼ぶ。OK?」


「仮にも花城グループの後継ぎでご令嬢というか、トップになる人なのに、俺なんかがそう呼んでいいの?」


「愛でてくれてもいい」


「それは公開浮気なのでは……」


「キミ、お兄さん。ゆかりん、姉。浮気じゃない。理解? だから手の甲に口づけをしながら、しいちゃんって呼んでいい」


 おかしな子すぎる。妹という立場なのは、いいと言えばいいに決まっている! その上、とてつもなく頭脳明晰でいつでも満点が取れる子を妹として可愛がるなんて、そんな度胸と勇気と贅沢なんて出来ない怖さが満載だ。


「だけどね、しいちゃん。俺もゆかりなさんも、キミもまだ2年生で……もうすぐ3年になるけど、でもまだ何といいますか、彼女が嫁として確定したかは分からないんだよ? ましてこんな正月の、それもお店の中で言うことじゃないと思うんだ……」


 まさに俺は料理人のパパさんの弟子として、料理を学んでいる時であり、椎奈さんはお店の看板娘的なことをしている最中なのであります。それはもう、さっきから師匠が恐ろしい形相なのである。


 初めて出会った時の椎奈さんは、頭が良すぎるお姉さんっぽい姿勢とサラサラなロングヘアーで、鞭のようにしなる程のシャープな髪型だったのに、俺の妹宣言してから髪をバッサリ切って、何故かゆかりなさんスタイルにして来たヨ?  


「じゃあ、嫁?」


「嫁はゆかりなさんです(キリッ)」


「振られたのに?」


「振られてないよ? ただあの……色々と戒厳令が敷かれまして」


「慰める?」


「いえいえ、それは好きな人にやってあげてね」


「お兄さん、好き」


「ありがとう。とりあえず、今は接客しようか」


 首を傾げるしいちゃんは、ドSのSじゃない。ド天然で悪気がないだけである。 一度は俺のことを好きになったこともあったが、ゆかりなさんの彼氏と分かってからは、そういう素振りも気持ちも見せて来なくなった。


 それがどうしたことか年末に失態というか、ゆかりなさんに叱られた俺を同情してこんなことを言ってくるようになった。ゆかりなさんと同様に、しいちゃんとは血の繋がりが無い。それだけにお兄さんと呼ばれているのも照れくさいし、どう接したらいいのかが全然分からない。


 落ち着け、しいちゃんは妹だ。そして俺は振られてないんだ。ただちょっとばかし、俺の成長を見守ってくれているに違いないんだ。だからしいちゃんにそんな愛でるとか好きとかは、考えたらダメだ。


「お兄さん、好き」だなんて、妄想じゃなく現実で言わせたら、それは何かが崩れてしまう……そんな思いを抱えながら、何かを悶々と浮かべる毎日になりつつあった。

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