第5話 新規パン仲間と不思議な彼女


「はははっ、そりゃあお前が悪いな。花城と付き合っていながら姉? いや、妹だっけか。その子とデートってそれは駄目だろ。花城は一途女子って分かってるくせに、内緒にするとかそれはないだろ」


「い、いや、師匠……じゃなくて彼女の元パパさんがそうした方がいいって言うから」


「謝っとけよ? 俺が言う立場じゃないけど、あの子は本気なんだし」


「う、うん」


「それはともかくとして、今日は紹介したい奴がいるんだ。喜んでいいぞ! パン仲間の新メンバー加入だ。学校生活残り一年でパン仲間が増えるのはマジでレア!」


 ゆかりなさんのことをサトルに相談というか、話をするのは正直言って微妙だった。だけど、全く関わって来なかったわけでもないし、一度どころか何度か助けてもらっているし一時的に恋敵を演じられただけに、サトルには言うしかなかった。


「というか、パン仲間加入かよ! じゃあ、帰りは俺らと同じようにコンビニに行くのか?」


「そうなるな。ただ……そいつは恥ずかしがり屋なんだよな。だから、何というか気を悪くするなよ?」


「なるわけないだろ。だって仲間が増えるとか、それは真面目に嬉しいし」


「おし、じゃあいつものコンビニにそいつが先に行ってるはずだから行こうぜ」


「おー」


 パン仲間はかつては俺とサトル、そして同じクラスのぼっち男子とで楽しんでいた。しかし春になると俺たちは最後の高校生活を送ることになる。さすがに3年にもなるとそんな余裕は無くなるのか、新作パンを楽しむパン仲間は自然脱退をしていった。


 今では俺とサトルだけになってしまっただけに、嬉しくて仕方がなかった。サトルはソイツだとか奴だとかしか言わなかったので、特に気にすることなくコンビニに向かったものの、まさか……そんな、ねえ?


「サトル……そいつ同じクラス? なんて奴?」


「あーうん。隣クラスだ。で、名前は本人から聞いてくれ。ちなみに女子な」


「ホワット? 女子って! 聞いてない」


「その方が喜び倍増かなと思った。怒ったか?」


「怒ってないけど、女子か……気を遣いそうなんだよな~」


「それはたぶん大丈夫だろ。タイプが花城に似てるし……うん、平気だろ……」


「んん?」


 ゆかりなさんのことを諦めたはずのサトルが、何でよりにもよって彼女似のパン仲間を紹介するのやら。


「ジー……」


「えっ? もしかしてゆかりなさんが来てる?」


「あ、来てたな。高久、彼女が新加入だ。花城に似てるかもだけど違うぞ」


 いやいや、この視線はどう感じてもゆかりなさんの尾行時の視線力なんだけどな。


「高久、新作見に行こうぜ」


「や、彼女に声かけないのか? 仲間だよな?」


「彼女からお前に話しかけてくるまで放っておいていいぞ。すぐ慣れる」


「何が? 慣れるって何? や、外にいたしパン買わないのか?」


「気にするな。そういう子だから。とりま、パンを買うぞ!」


「何が何で? 仲間なの? なんかずっと陰から見られてるんだけど、何で声をかけて来ないんだ……」


 視線こそゆかりなさんのような感じがしたのに、新しいパン仲間の女子は何故か近づくこともなく、ずっと陰で俺を見つめているみたいだった。これはどういう出会いなんだろうか。まずは声を聞くことを目指してみよう。


 どういう女子なのかすら分からないままに、俺とサトルとで新作パンを棚から全て買い占めをした。この光景にはコンビニの店員は慣れっこであり、特に何かを言われるわけではない。


 しかし陰の女子は店員には初顔なだけに、俺たちと同じ新作パンを手にしていたことには驚きを隠せなかったようだ。


「今日はどこで食べる? その前にいい加減、あの子を俺に紹介してくれ」


「食べる場所はいつもの公園な。んで、彼女は――」


「葛城高久さん……」


「おわっ?」


 気づいたら目の前にいた。さっきまで建物の壁に張り付いていたはずなのに。この子もしや、そういうキャラか? 声はクールボイスだし、ゆかりなさんよりは背も大きいし……髪が長くて片目を隠しているっぽいけど、意図的なものは感じない。そんなことよりも何故にフルネームで呼ばれるのだろう。


「そ、そうだけど。えっと、キミが新加入の……」


那月佐那なつきさなです……さなとお呼びください……葛城さん」


「さ、さなさんだね? よ、よろしく――って、ちょっと? どこに行くの」


 とりあえず握手を求めようとしたら、彼女はそそくさと俺の元から離れて、再び建物の陰に隠れながら俺を見つめている。どういうことかな。


「まっ、そういうことだ。悪い子じゃないぞ。高久は気に入られているし、いや、多分好かれている」


「ホワイ? 初対面だよな?」


「お前はそうだな。だけど、那月はお前のことをずっと知ってるらしいぞ。それこそ花城と付き合う前からな」


「……陰キャラか?」


「いや……それに関しては否定も肯定もしない。けど、悪い子じゃない。だからお前ならすぐに慣れるはずだ。恥ずかしがり屋だからパンを食べる時も近くには来ないだろうけど、近くにいるから気にするな」


 もの凄く気にするっての! そりゃあ悪い子じゃないのは何となく分かったけど、何で俺なの? それもゆかりなさんと付き合う前からって……ずっとどこかの陰で見つめられていたとか? 嘘だろ……?


「せっかくパン仲間になったのに、離れた所からってそんなのありか?」


「ありだろ。あ、それと……いや、今はいいや」


「言いかけてやめるなっての。というか、新加入はあの子だけなの?」


「あと一人いるよ。それも女子! スゲーだろ。高久が青春出来そうな感じだぞ。花城とそういう関係かもだけど、まだ決まってもいないんだし女子と仲良くするくらい、いんじゃね?」


「いやいや、俺にそれを言うのか? ゆかりなさんは一途だから気を付けろって言ったのはサトルだろ。何でわざわざ、火に油を注ぐようなことをするんだよー」


「花城に隠すようなことでもないだろ。友達が出来たってことを花城に言っとけばよくね? そうすれば別に何も起こらないし、パン仲間の女子にとやかく言わないと思うぞ。それに高久が那月とか、もう一人の女子とどうこうなるわけじゃないだろうし、心配ないだろ」


「いや、まぁ……ううーん」


「とにかく、公園行くぞ」


「お、おー」


 公園に向かって歩き出すと、さなという女子は一定の距離を置きながら俺たちに付いて来ているようだった。パン仲間なのに離れて歩いてるし、何故か俺だけ見つめて来るし……どういうことなんだか。

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