第24話 種子島
赤井城から兵が流れ出て来た。遠方が瞬く間に兵で埋まっていく。
直ぐには攻めて来ない。騒めきを立て蠢いている。その間に、千樹寺の戦支度は整った。
「雇われが、生意気に備えを立てているぞ」
木楯を手にした定妙が言った。
「それなりに経験のある奴がいるんだろう」
定妙は振り返り、武平に眼をやった。
「それで、俺たちは鎧を着なくて良いのか」
「獲物は種子島だ。鎧なんぞ邪魔なだけだ。お前は俺を楯で守っているだけで良い。着ない分の鎧は若衆が上手く使う」
「まあ、楯持ちに鎧は不要だ。全員分揃えるだけの財力もないからな。お前の策を見せてもらおう」
「上手く注意を引けよ」
「分かっている」
定妙は塀に上がり、木楯を構えた。
「これで満足か」
「十分だ」
法螺貝の音が響き渡った。俄かに騒がしくなってくる。
兵が動き始めた。田畑に構うことなく、一直線に進軍してくる。千樹寺から怒号が上がり始めた。
武平は火縄銃を立て、銃口から上薬を注いだ。弾丸を入れて㮶杖で銃身内を突く。火蓋を切って銃身を水平にした。
矢が飛んできていた。定妙の持つ木楯に幾条も突き刺さる。無数の風切り音が頭上を通り過ぎて行った。
火皿に口薬を入れて火蓋を閉じる。火挟みに火縄を設置した。再び火蓋を切り、火皿を露出させる。
「退けっ、定妙」
視界が開ける。一面に、夥しい兵が広がっていた。
先頭を徒の鎧武者が走っている。兜の奥にいきり立った瞳が見えた。武平は狙いを定め、引き金を絞る。
爆音が起こった。
鎧武者の頭部が、兜ごと吹き飛んだ。敵の進軍が鈍る。騒音が小さくなってきた。
静寂が訪れた。敵の足は完全に止まっている。
不意に、悲鳴が上がった。途端に敵軍が崩れた。我先に兵が退いていく。
「追撃の好機だぞ」
定妙が言う。武平は首を振り、境内に眼をくれた。
誰もが唖然とし、無言で武平を見ている。怯えや恐怖が浮かんでいる者も多かった。喧噪が遠くなっていく。
武平は、拳を突き上げた。
「我らの勝利だっ」
即座の反応はない。間が空き、ようやく歓声が上がった。少しづつ大きくなっていく。
「後はお前が使え」
武平は定妙に鉄砲を渡し、田畑を見やった。兵の退いた後には踏み殺された死体がいくつも転がっている。何人かはまだ息があった。這っている者もいる。
「これでしばらくの時間は稼げたな。知ってはいたが、初めて眼にする種子島というものが、ここまで強力とは思わなかった。敵もそう簡単には攻めてこられないだろう」
「だと良いがな」
武平は身を翻し、本堂に向かう。
「一先ずはこれで安心だっ。だが、また攻めてくる恐れは十分にある。今の内に休みつつ準備を整えておけ」
村の主だった者に眼を配り、本堂に集めた。
「兄貴、やりましたね」
源市が嬉しそうに言う。他の者の表情にも喜びが現れていた。境内からは唄が聞こえてくる。
「喜ぶのは早い。次に攻めてくるまでの時間は稼げたが、向こうもただ黙って見ているわけではない。数人程度の規模で何かしら仕掛けてくる筈だ」
儀作が、いち早く顔を引き締めた。
「では、どうする」
「一番有り得るのは、千樹寺の背後にある小山から攻めてくる事だ。山は大した高さもなければ、傾斜が急なわけでもない。敵が動く前にここを抑える必要がある」
「待て、武平」
惣左衛門が言った。
「山はこの村と興田側である高ノ坪の村との入会地だ。しかも、隠田ではないとは言え田畑がある。人の数も高ノ坪の方が多い。興田軍がその地を通って攻めてくることなど有り得るのか。高ノ坪の反発は必至だぞ」
「確かに難しいでしょう。ただ、雇われ連中が族に成りすまして攻めてくることは十分に考えられます。とにかく、千樹寺の急所は小山からの攻撃だけです。なんとしてでも小山を抑えなければならない」
半四朗が唸った。
「しかしそれは、人を割くという事だろう。ただでさえ数で劣っているのだ、そんな余裕はないぞ。優先すべきはあくまでもこの千樹寺だ。人を割いた結果、寺は落ちましたでは話にならない」
「無論、承知している。だが最低でも見張り番は必要だ。これは戦えない者で良い。子供たちが適任だろう。野山を走り回るのも遠くを見るのも、子供の方が長けている。判断する者を一人二人付ければ、十分に事足りる」
「いえ、判断する者は必要はありません」
源市が言い、立ち上がった。
「竹丸っ、来い」
直ぐに、竹丸が走り寄って来た。
「こいつなら判断もできます。こいつに足の速い子供を数人付ければ、見張りは機能するでしょう」
半四朗が眉をひそめた。
「大丈夫なのか」
「任せてください」
竹丸は即答する。半四朗の顔色は優れなかった。
武平は、竹丸の眼を見据えた。
「できるな、竹丸」
「はい」
竹丸は大きく頷いた。
「良く言った。連れて行くのは臆病な者と声の大きい者にしろ。足は遅くても良い。それと、気の大きい奴は連れて行くな」
「分かりました」
「竹丸、これを持って行け」
源市は、自分の腰から脇差を抜いた。
「良いの?」
「ああ。ただし玩具とは違う。軽はずみに使うなよ」
「分かった」
はにかみながら竹丸は脇差を受け取った。その背を、源市が叩く。
「行って来い」
脇差を大切そうに腰に差し、竹丸は走り出した。
「兄貴、竹丸に任せてもらった事、感謝します」
「情で許可したわけではない。竹丸ならやるだろう」
武平は立ち上がった。
「話は以上だ。各自交替で休みつつ、外に眼を配っておけ。気になることがあっても、一人で寺から出るのはくれぐれも慎むように」
本堂を下り、僧房に向かった。
奥に、薄汚れた鎧櫃が安置されている。蓋を開け、中身を取り出した。一つずつ身に着けていく。動きに滞りはない。最後に兜の緒を締めた。
壁に掛けた刀に手を伸ばす。柄を握り、鞘を払った。錆は、少しも浮いていない。暗がりに刀身が浮かび上がっている。
刃に、指を沿わせた。滑らせても切れはしない。力を少し込めると、薄皮の切れる感触があった。鞘を放り、刀を担ぐ。
僧房を出ると、定妙が立っていた。
「どうした」
「傍にいろと言ったのはお前だろう」
「そうだったな。忘れていた」
定妙は笑った。
「久々の実践だ。無理もない」
「俺も鈍ったものだ。それで、俺の刀を手入れしていたのは誰だ」
「岩厳だ」
「あいつがか。意外、いや、この絶妙な切れ味はあいつにしか出せないか」
「武器が腐っていくのが見ていられなかったんだろう。使い込まれた獲物だからな、なおさらそう思ったんだろう」
「あいつらしいと言えば、らしいか」
武平は微笑を漏らし、歩き出した。定妙が着いてくる。
「研ぎはそんなに良いのか」
「見事だ。鋭過ぎず、鈍過ぎず。これなら乱戦でも長持ちする。その上、悪くない切れ味だ。これより戦に似合う武器もそうそうないだろう」
「そんなに褒めるなよっ」
遠くから岩厳の声がした。見ると、金砕棒を肩に担ぎ、塀の上に佇んでいる。顔は派手な戦化粧が施されていた。
「腕の見せどころが違うだろう」
武平が声を飛ばすと、数人の笑い声が上がった。
「士気は悪くないな。それに、まとめ上げるのも上手くいった」
定妙が言った。声に緩んだものはない。
「第一撃は防げたからな。問題は二撃目だ」
「二撃目が、あると思うか」
「あれだけの数を割いたんだ。種子島の衝撃が収まれば、また攻めてくるだろう。その時が本当の正念場だ」
「できれば日を置いてほしいがな。夜になればこちらが有利だ。いくらでも小細工を仕掛けられる」
「その時は、お前に任せよう」
「ああ、任せてくれ」
武平と定妙は配置に立った。伸びきった影が縮み始めている。
不意に、喧噪が聞こえてきた。
赤井城からではない。屋津村の方向からだった。
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