第14話 犯人探し

 伊十郎が数人の若衆を連れて訪れた。興田軍は既に解散している。まだ、騒ぎ声は残っていた。


「これはどういうことだっ」


 伊十郎が本堂の床を叩く。眼の前の惣左衛門を、射殺すように睨み付けた。


「お前たちが興田に通じていたのは明白だ。どうなるか分かっているだろうな」


 惣左衛門は堂々と言った。


「それは勘違いだ。全て興田殿の策略。騙されてはならない」


「根拠はどこにあるっ」


 武平は、一歩進み出た。


「場所を弁えてください。騒ぎになって困るのは、伊十郎殿も同じでしょう」


 伊十郎は歯噛みして、絞り出すように息を吐く。眼は、鋭いままだった。


「お前たちを除いて、誰が興田に告げ口したという。他にいるなら答えてみろ」


 惣左衛門は言葉に詰まった。


「分からない」


「うちも新河も屋津も解死人を取られた。山に籠った云々は方便だ。明らかに、寝返りに対する仕打ちだ。それなのに篠ヶ坪だけは解死人を取られなかった。この状況で、お前たちが興田に通じていないと誰が思う。えっ、惣左衛門よ」


「それこそが、興田殿の策略だという何よりの証拠ではないか」


「なら何故、興田に漏れた。お前たちが告げ口をしたから咎めを許された。それ以外に何がある」


「そう思わせる事こそが、興田殿の策略。考えても見よ。仮に儂らが密告したとして、明らかに自分たちが疑われるような事をする理由が一体どこにある。もし密告したならもっと分かりにくく、もしくは他の村に罪を擦り付ける。違うか」


「それこそがお前たちの企みだろう。つまらない理屈を付けてはいるが、何一つ明確な根拠のあるものはない。全て想像の範疇だ。それとも何か、解死人を取られた他の村が興田に通じていると、解死人を取られていない篠ヶ坪が言うのか」


 惣左衛門の眉が、微かに動いた。


「そこまでは言っていない。断片的な情報から興田殿が独自に気付いたのかもしれない。寝返りに関わっていない者がどこからか嗅ぎ付けたのかもしれない。他にも、周りは飢餓を恐れていると言うのに、儂らは年貢の免除のお蔭で悠々と過ごせていた。無論、儂らも気を付けてはいた。しかし、僅かな違和感から悟られたのかもしれない。お前たちとて、どこからか漏れる可能性はあると考えなかったわけではないだろう」


「ほう。開き直り、煙に巻くつもりか」


「そんな事は言っていないだろうが」


 惣左衛門の語気が強くなった。多見の若衆が一斉に腰を浮かせる。


「そう、殺気立つでない」


 円照が穏やかに言った。伊十郎が手振りで若衆を座らせる。


「和尚。あなたの功績を考えれば疑いたくはありません。だが、あなたが密告した可能性も十分にあるんです。そうでなくとも定妙殿は興田の一族。篠ヶ坪と同程度に疑われている事は伝えておきます」


「それは困ったな」


 円照は顎に骨ばった手を当てる。


「しかし伊十郎よ。仮に我らが裏切ったとして、お前さんはどうするつもりだ」


 伊十郎は顔の裂傷を歪めた。


「篠ヶ坪を潰す。無論、小柳と共にな」


「小柳の謀の中核は、この千樹寺だろう。幡南殿からもよろしく言われている事が、その証明だ。千樹寺が興田に付くという事は、謀が水に流れるという事。銀の褒美は勿論、年貢の免除もなくなる。それで凶作のこの年をどう乗り越えるつもりだ」


「戦に乗じて、必要な分を興田領から奪い取るまで」


「なるほど。それならやりようはあるかもしれない。しかしだ。小柳からすれば他の村も裏切った、そう見なされる恐れはないか」


「冗談ではないっ」


 即座に、伊十郎は声を荒げた。


「こっちは解死人を取られているんだぞ」


「確かにその通りだ。しかし小柳からすれば、謀が潰えた以上、お前たちに配慮する必要はないだろう。いや、裏切りの可能性は少しでも残る。他の村と同じ命運を辿るかもしれないぞ」


 伊十郎は口を開き、口惜しそうに閉じた。


「誰が告げ口をしたのか、そのような者がいるのか、興田殿が独自に気付いたのか。確かなものは一つもない。この状況で篠ヶ坪を一方的に咎人と決めつけて自らの首を絞めるのは、あまり得策ではないと思うが、お前さんはどう思う」


 伊十郎は眼を閉じ、息を吐いた。


「和尚の、言う通りです」


「真実がどうなのかは私も知らない。だが、もう少し建設的な話をしても良いのではないかな」


 伊十郎は惣左衛門を睨みつけ、立ち上がった。


「和尚の顔を立て、この場は退いてやろう。だが、お前たちの疑いが晴れたわけではない。俺たちは勿論、幡南大和守も疑っている。疑いを晴らしたいのなら証を立てろ」


「証とは何だ。鉄火でもするつもりか」


 伊十郎の顔が、更に険しくなった。


「笑わせるな。俺たちに何の非がある。証とは解死人だ。俺たちは興田に三人を差し出した。ならば、お前たちも三人出せ」


 惣左衛門は眼を見開いた。


「三人だと、本気で言っているのか」


「無理なら話は終わりだ。俺たちは振出しに戻るだけだが、謀を潰したお前たちはただでは済まないぞ。小柳は当然のように村人を皆殺しにするだろう。それが嫌なら解死人を三人連れて来い。猶予は二日だ。明後日の早朝に、うちの村に届けろ」


 伊十郎は身を翻す。多見の若衆たちが立ち上がった。


「まあ、告げ口した野郎を明確な根拠と共に連れてくるなら、それでも良いがな」


 振り返らずに言い、伊十郎たちは去った。


「和尚、感謝します」


 惣左衛門が頭を下げる。円照は首を振った。


「大したことではない。この寺は謀の中核だ。伊十郎もこのように話を持っていくつもりだっただろう。そもそも、差し出した解死人など村で飼っていた者たちだろう。その点についてはそこまで怒っていない筈だ。それよりも、呑気に礼を言う暇があるのか。事態は何も進展していないぞ」


「そうでした。しかし、どこから話が漏れたのでしょうか。やはり、うちの村の誰かが漏らしたとしか考えられません。寝返りを知っているのは儀作、半四朗、源市、それと数人の若衆だけ。源市は大丈夫でしょうが、儀作と半四朗には告げ口の利があります。儂の立場に取って代わるつもりだったのでしょう」


 武平は口を開いた。


「あまり、そういう話をするのは良くありません」


「それは分かっている。しかしな、一番怪しいのはあの二人だろう。それに一味神水の際に伏せさせていた若衆もだ」


「若衆たちは何の心配もいりません。私と源市の二人で厳選しましたから」


「そうか。そうなるとやはりあの二人か。儀作は元々独立心が強い。儂が上に立っているというわけではないが、儀作がそう思っていても何もおかしくはない。半四朗は小賢しいところのある男だ。それに寝返りの談義の際、疎外感を覚えていただろう。儀作への恨みつらみが原因かもしれない。一番怪しいのは半四朗か」


「父上」


 惣左衛門が、武平の肩を掴んだ。


「ならどうする。このままではうちの村は終わりだ。犯人が見つからない事など分かり切っている。三人の解死人も出せるわけがない。ならば、犯人を仕立て上げるしかないだろう。儂が罪を被っても良い。だがそれは、村そのものが裏切っていたという事になる。儂がいなくなった後、村は誰が纏めるのかという問題もある。最悪、儀作と半四朗の間で争いが起きかねない。儂では駄目なのだ」


 惣左衛門を深く息を吐き、武平の肩から手を離した。


「私が、告げ口した者を見つけます」


 円照が口を開いた。


「見つからない場合はどうするのだ、武平」


「明日の夜までに結論を出します。それまでに見つからなかった場合は、解死人を三人用意します」


「誰を選ぶ」


「分かりません。しかし頭から考える事ではないでしょう。犯人捜しをした方が建設的だと思います」


「そうか」


 円照は吐息混じりに言い、立ち上がった。


「私も独自に探してみよう。それに興田殿の動向を知る必要がある。今はまだ大きく動いていないが、何をするかは分からない。探れるのは私だけだろう。村の事はお前たちで決めると良い」


 円照は千樹寺を出て行った。


「武平、探すと言ってもどうするつもりだ。聞き込みをするのは事態を触れて回るのと同じこと。入札も罪を擦り付け合うだけだ。あまり意味がない。家探しをしても形のある物が見つかるわけでもない。褒美を受け取っていたとしても精々が簡単に隠せるものだろう。捜す方法などないぞ」


「どうにかします。しなければならないんです」


 惣左衛門は、武平の眼を見つめた。


「良いか。絶対に、お前が解死人を引き受けてはならない。儂も源市も止める。儀作や半四朗も止めるだろう。村の者に聞いたとしても誰もが止めるだろう。お前は、この村の柱だ。そして、将来この村を率いていくべき責任がある。絶対に、死んではならない男だ。犯人が見つからなかった場合は、自分が解死人になるなどと絶対に考えてはならないぞ」


 肩の重みはなかった。痛みも熱さもすっかり消えている。武平は、穏やかに微笑んだ。


「安心してください、父上。そんな事は考えていません。父上は儀作殿と半四朗殿に、この事を伝えてください。そして、差し出す解死人について話し合っておいてください。その間に私は駄目元で動き回ります」


「なら良いのだ。まだ謀が潰えたわけではない。解死人を差し出せば事は収まる。早まる時期ではない。それを忘れるな」


「胸に刻んでおきます」


 武平は一礼する。惣左衛門は笑みを浮かべて腰を上げた


「おそらく、源市か若衆が手伝いに来るだろう。解死人は村から出すと決まってわけではない。良いように計らっておくから、お前はそちらに集中すると良い」


 惣左衛門は本堂を出て行く。その背が門の向こうに消えた。


 武平は、本尊の十二面観音立像を見た。荒く掘り出された小振りの観音像は、柔らかく笑っている。

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