18『魔王の選択』

「力を貸してくれ、ミヤ」

 こくりと頷くミヤ。しかし、すぐ異議を唱えたのはニヒルだった。

「解放すると言っても、方法がありません。どうするおつもりですか?」

「ドラゴンを倒すか、それともユキを無理矢理引き剥がしたら、ドラゴンも魔力を使えなくなって消えるんじゃない?」

「引き剥がすってオイオイ……シールじゃねェんだからよォ、主さん」

 呆れたようにミデンが息を吐く。すかさずミヤは彼らに言い放った。

「出来ないの? ニヒル、ミデン」

「…………」

「出来るでしょ? 二人共」

 沈黙が流れた。主としもべは、互いに腹を探りながら見合っている。不意に、ドラゴンがミヤ達へと火球を吐いてきた。瞬時にドーム状の結界を張ったニヒル。金色の目を光らせ、ドラゴンを横目に吐き捨てた。

「………分かりました。やりましょう」

「ハッ! 正気か? ニヒル」

「ミデンは出来ないの?」

「出来るに決まってるだろ。オレを舐めないでくれ、主さんよォ」

 銀色の目をギラリと光らせるミデン。天使と悪魔は羽を広げ、ドラゴンへと飛び立った。二人に気付いた龍は、彼らへと火を吐く。二人はそれぞれ避け、ミデンはドラゴンの胴体へ剣を突き立てた。しかし刃は硬い鱗に弾かれる。

「ニヒル! オレが引きつけてる間に引き剥がせ!」

「私に指図するな!」

 そう怒鳴りつつ、ニヒルはユキのいる腹部へと近付く。ドラゴンはそれを察知したのか、彼らから逃げるように高く飛ぶ。二人はそれを追いかけた。ルキは杖を握り締め、ミヤを一瞥した。

「ミヤ、私も行ってくる」

「本気ですか? 兄上」

 第三者の声がミヤの背後から聞こえた。彼はすぐにその場から離れようとしたが、首を後ろから腕で絞められてしまう。息苦しくなる中、ミヤは背後へ視線を移した。橙の髪が微かに見える。

「ユキはもう生きておりませんよ?」

 姿がハッキリ見えなくても、ミヤには誰だか判別するのは可能だった。ルキの最大の敵であり、彼の弟である現魔王―――。

「ナキ……! ミヤを離せ!」

 ルキはナキを睨み付けた。ナキは首を横に振り、不敵に笑った。

「兄上。あなたのせいでユキも城も壊れました。多くの兵の命も失われました。さすが、元魔王ですね。悪魔をも絶望させる所業だ」

「お前が仕組んだことだろう! ナキ!」

「俺を褒めてくれるんですか? ありがとうございます。兄上」

 ナキが腕に力を入れる。ミヤが苦しそうに顔を歪めた。それを見たルキが慌てて叫ぶ。

「ミヤを離せ! 私に仕返ししたいんだろう⁉ ミヤは関係無い!」

「何を言っているのですか? 兄上。俺は兄上に仕返ししたいわけではありませんよ?」

「何だと……?」

 ナキはミヤに顔を近付けた。

「俺は君に仕返ししたいんだよ、ミヤ」

 影を含むナキの笑みに、ルキは杖を上げた。しかしそれを見越したかのように、ナキがミヤの頭に銃口を向ける。

「兄上、ヘタに動いたらどうなるか分かりますね?」

「ッ……!」

「ミヤ。君は非常に邪魔な存在だ。君さえいなければ全て上手くいっていたのに、君は全てを壊した。君は俺の悪魔そのものだよ」

 ミヤはもがきながらも、ポケットに手を伸ばしていた。そこには拳銃を入れていた―――しかし、震える手は何も掴めなかった。ナキは嘲笑を彼に向ける。

「ああ。言うのが遅くなったけど、君の銃、借りてるから」

「ッ………!」

「俺の胸を撃った忌々しい銃………今度は君の頭を貫くんだよ? ミヤ」

 カチャリと、トリガーに添えられた指が少し動いた。ミヤの目が見開かれる。

 どうする、ナキから銃さえ奪えば―――ルキは必死に勝機を探っていた。

「そういえば………君のお父さんは血眼になりながら君を探していたけど、君、一体何をやったんだい?」

 まるでたった今、銃で撃たれたかのように、フッと表情が抜けるミヤ。抵抗も無くなり、可能な限りにナキを眺めていた。

「写真まで出して君を探し回っていた。おかげで俺は君のことを知ることが出来たけど………過保護という領域ではなかったね、彼は」

 その事実にルキも眉を潜める。ミヤの顔色はみるみるうちに悪くなっていき、カタカタと体も震え出した。その反応を楽しむかのように、ナキはミヤの表情を確認しながら言い放つ。

「兄上によると、閉じ込められていたそうじゃないか。もしかして、父親の都合良いサンドバッグだったのかい?」

「やめろナキ!」

「兄上だって気になりませんか? この際だからハッキリさせましょうよ」

 ミヤの体が一段と大きく震える。彼の紫色の瞳は濁り、絶望に染まっていた。ルキがナキに、やめるよう必死に叫ぶが、弟は聞く耳を持たなかった。ミヤの耳元に口を近付け、ねっとりと囁く。

「暁宮君。君は、どうして閉じ込められていたのかな?」



 ――――――――――――お前のせいで死んだんだ。



「………ん?」

 ミヤの呼吸が速くなる。汗をだらだらとかき、体は火照り始めていた。異変に気付いたナキは、彼の顔を覗き込む。彼は虚ろな目で、ぶつぶつと何かを呟いていた。

「……ぁ………っ……」

「ん? トラウマでもよみがえった?」

「ミヤ……?」

「ぼくが………ぼくは………!」

 ぷるぷると腕を伸ばすミヤ。何かに縋ろうとしているのか、だがその手を取られることはない。彼の頭の中に響いていたのは、一人の男の声だった。



 ――――――お前があんなところに通わなければ。

 ――――――お前が言うことを聞いていれば。

 ――――――お前が殺したんだ。



「ぼくの………せい…で……!」

 濁りきった瞳から涙が落ちる。絶望の底無し沼に、ミヤの体は静かに落ちた。





「ミヤくんをいじめるのはやめて!」





 ミヤの腕がぐっと引かれる。瞬く間に、彼の体は沼から引き上げられた。彼はその人物を確認する。

ルキの背後に立っていた、銀色の少女。血を流す頭を片手で押さえながら、スカイブルーの瞳を光らせて叫んだ。

「ミヤくんが嫌がることはやめて!」

 柊未来―――ミヤは、彼女を驚いたように見据えた。ミクは一歩ずつ足を進めるが、倒れそうになったところをルキに支えてもらう。それでも彼女は足を止めない。

「無理に言う必要なんて無いよ。言いたくなかったら言わなくていいよ。だってミヤくんはもう、自由の身なんだから」

 近付いてくるミクに、ナキは思わず銃口を向けた。その瞬間を見逃さず、ルキはナキへ魔法を放った。あらゆる影から手が伸び、ナキの全身に掴みかかる。その衝撃で、銃弾が一発放たれた。弾は虚空を貫く。

「くっ……!」

 ミヤは解放され、その場にへたれこんだ。ミクがすぐさま彼に駆け寄る。震える彼の体を抱き締め、優しく語りかけた。

「ミヤくん。ミヤくんを閉じ込める人は、もういないよ」

「うッ………あ………」

「安心していいんだよ。もし何かあっても、守ってあげるよ。私が傍にいるから」

 幼子に言うように、ポンポンと背中を叩きながら話すミク。ミヤは震えていたが、だんだんとその震えは収まっていった。完全に震えが収まった頃には涙も止まっていた。

「………ありがとう。ミク」

 ミクに離れるよう告げるミヤ。しかし彼女はしばらくの間、彼を抱き締め続けた。恥ずかしさで顔を赤らめるミヤ。嬉しそうに笑うミク。そんな二人を眺めていたルキは、ナキから銃を取り上げ、それで彼の足を撃った。痛みで顔を歪めるナキ。ルキはさらにもう一発を肩に撃ち、短く吐き捨てた。

「これでお終いだよ、ナキ」

「お終いって………兄上、ユキはどうするんですか? 見捨てるんですか?」

「いや。助ける」

 ルキはドラゴンを見上げた。ニヒルとミデンが戦っているが、戦況は変わっていなかった。ルキは銃と杖を捨て、ぎゅっと拳を握った。

「ユキを助けて、終わりにするよ」

 地面を強く蹴り、ルキは空へと跳躍した。あっという間にドラゴンの元へとたどり着き、赤龍と向き合う。

「ニヒル! ミデン! 私を守ってくれ! 一分だ!」

 二人はルキを凝視した。彼は宙に浮いたまま、両手を前に突き出した。その瞬間、ありとあらゆる場所から、影が彼の手の元に集まり始めた。世界中から影が奪われていく。ドラゴンが彼に噛み付こうとするが、ミデンに顔を蹴られよろめいた。

「ハッ! さすが元魔王さんだなァ! いいぜ! 付き合ってやる!」

「間違っても主様や人間界に影響を与えるなよ」

「もちろんだ!」

 ドラゴンが咆哮を上げ、口から火炎放射を放った。ニヒルがルキとドラゴンの間に入り、それを結界でせき止める。その隙に、ミデンがドラゴンの足を一本切断した。悲鳴を上げたドラゴンは、尾を振り回した。ピョンピョンと避けるミデンだが、不意に放たれた火球は避けきれずに直撃した。燃えるミデンにドラゴンが牙を向ける。噛み砕かれる寸前で、ミデンはニヒルに蹴り飛ばされていた。そのおかげで噛みつかれずには済んだが、ミデンは地上に勢いよく落とされた。

「オイオイ、もう少し丁寧に蹴ってくれよ!」

「黙って戦え!」

 ミデンにまとわれた黒い「もや」によって、炎は彼から消え去った。ドラゴンはニヒルへと飛びかかる。彼はルキから離れるように避け続けた。ちらりと彼は視線を移す。ルキに集まっていた影は、巨大な剣のような形を作っていた。それに気を取られ、ニヒルはドラゴンに体当たりをされ吹っ飛ばされた。

「オイオイ、大丈夫かァ!」

「集中しろ!」

「ハッ! そりゃ自分に言ってるのかァ?」

「うるさい!」

 体勢を直しながら、煽ってくるミデンに怒鳴るニヒル。ミデンはドラゴンの足を再び狙っていたが、警戒心を強めたそれを落とすのは困難だった。ニヒルも援護するが変わらない。

 不意に、ドラゴンの放った火炎球が地上に落とされた。ミヤ達は火の海に包まれる。反射的にニヒルが主人の元へ飛んでいく。ミヤとミクを抱えて飛ぶが、そこをドラゴンが狙って尾を振るった。ニヒルは寸前で結界を張ったが、衝撃で結界は粉々に壊れた。追撃でドラゴンが火を放つ。真っ白な羽を大きく広げ、ニヒルは二人を守った。

「おらよっと」

 ニヒルに注目していたドラゴンの足を、ミデンは瞬時に切り落とす。ドラゴンは咆哮を上げ、ミデンへと標的を変えた。鋭い牙が悪魔を狙う。

「準備は出来た! こちらに引きつけてくれ!」

 ルキの叫び声に、天使と悪魔は彼に振り向いた。ルキは大きな影の剣を両手で持っていた。ドラゴンを牽制しながら、ミデンがルキの方へと飛ぶ。自分よりも何倍も大きな刃を持つ剣を、ゆっくりと振り上げるルキ。向かってくるドラゴンは、それに物怖じもせず、彼に殺意を向けていた。

「これで終わらせる……!」

 ドラゴンが鳴くと、世界は震撼した。それでもルキは、そこから逃げることはしなかった。迫り来る龍を鋭く捉え、腕に全身の力を込める。

「ユキを………返してもらう!」

 眼前のドラゴンに、ルキは剣を振り下ろした。巨体を走る黒き刃。苦痛な悲鳴と大量の鮮血が一度に飛び散る。剣を振り切ると、ドラゴンは真っ逆さまに落ちていった。大地を揺らして倒れ、真っ二つに斬られた龍は全く動かなかった。それを見届けると、ルキの手中から剣は消えた。そして彼もまた、脱力して落ちていった。

「っと! 危ねェなァ」

 彼を空中でキャッチしたのはミデンだった。ルキは彼に短く礼を言う。しかし疲労からか、彼はだんだんと瞼を閉じていった。まだ眠ってはいけない―――そう思いつつも、ついに彼は限界に達する。死骸の中にわずかに見える半身の少女を一瞥した。


 彼女は、救えたのだろうか。そうであってほしい。

 月の女神よ、どうかもう一度、彼女と話をさせてください―――。





 ――――――――――――――――――暗転。

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