12『突然の出会い』
「あれ………?」
街を歩き続けて三時間程経った頃、柊の足が止まった。疲れている様子ではない。どうしたのか尋ねると、柊は辺りをキョロキョロと見回し、小首を傾げた。
「ここ……見たことあるような……」
「来たことあるの?」
「ううん。無いはずなんだけど……」
何かに導かれるように足を進める柊。それについていくと、とある神社にやって来た。鳥居は傾き、二匹の狛犬には頭が無い。拝殿は形を保っているがボロボロだった。まさに廃れた神社、信仰を失った神の成れの果てのような場所だった。
「ここ………知ってる……!」
柊が境内を見回して、ハッと何かを思い出した。
「夢に出てきたところだ!」
「夢? 夢ってあの……」
「殺される夢! ここは、私が最後に倒れている場所なの!」
推定ではなく断言した柊。夢に出てきた場所が実際にあるのなら、以前ここに来たことがあるということでは? そう言っても、柊はブンブンと首を横に振った。
「そんなはずないよ! だって私、ここに来た記憶ないもん!」
「でも夢に出てきたってことは、そういうことでしょ」
「うー………本当に来たことないのに……」
納得のいかない様子で腕を組んだ柊は、しばらく境内を歩き回る。僕も辺りを見回すと、二人の人物が境内に入ってくる姿がふと目に留まった。男女はブレザーの制服を着ており、黄緑色のロングヘアを揺らす女子は、柊の方を見つめていた。隣の赤髪の男子に何かを告げると、男子も同じ方を見る。そして二人は、驚愕したような困惑したような、そんな表情で柊に近付いていった。
「………
女子の声に、柊が振り向いた。しばらく三人は見つめ合ったまま動かなくなる。僕は柊に近付き、背後から小声で問いかけた。
「知り合い?」
「ううん………知らない……けど……」
女子と男子は柊の全身を眺め、次第に表情を明るくしていった。
「未来……! やっと会えた……!」
「え?」
「よかった……! やっと見付かった……!」
妙な言い方に、僕と柊は顔を見合わせた。男子の肩に乗っていた一匹のアゲハ蝶が飛び、パタパタと翅を羽ばたかせる。
「やったー! やっと元に戻れる!」
耳を疑った。今の高い声は、どう聞いても柊のものだった。しかし、柊が言ったわけではない。その証拠に、柊自身も驚いている。
ならば誰の声か―――状況的に、考えられる可能性は一つしかなかった。
「ようやくこんな蝶の姿ともオサラバだよー!」
そう。柊の声で喋っているのは、紛れもなくこのアゲハ蝶だった。
「よかったね! 未来!」
「もう一生戻らないのかと思ってヒヤヒヤしたぜ」
女子も男子も、ごく自然に蝶と会話している。しかも蝶のことを「未来」と呼んでいる。わけが分からない。目の前で何が起きているのか、全く理解出来ない。
「………あのさ、説明してくれるとありがたいんだけど。そもそもあんたらは誰?」
僕が尋ねると、女子と男子は短く謝って説明を始めた。
「ワタシ達、柊未来の友達なんだけど、未来は一年前、悪魔と戦って負けて、この蝶の姿になっちゃったの」
「記憶と肉体が分離されたみたいで、だから俺達は未来の肉体を探していたんだ」
「で、そこの肉体が私の本当の体!」
蝶が柊のもとへ飛んでいき、彼女の周りをひらひらと舞う。
「どこからどう見ても私の体! よかったあー! まだ残ってて!」
「本当によかった! 未来! これで安心だね!」
わいわいと盛り上がる二人と一匹。あまりに急展開すぎて、僕はもう一度柊に確認を取った。
「あのさ、こいつらのこと知らないんだよね?」
「うん。でも、この人達……夢に……」
「なら、こいつらの勘違いってことだよね?」
「勘違いじゃないよ! その体は私の体!」
「未来は記憶と体をバラバラにされたんだ。だから、体の方が当時の記憶を持ってなくて当たり前なんだよ」
さも当然のように説明を続ける二人と一匹。あんまり信じないからか、女子が僕に一枚の写真を見せてきた。そこには女子と男子の間で笑顔を浮かべる同じ制服姿の女子―――柊がいた。
「ね? これで分かったでしょ?」
得意気に笑う女子。蝶は女子の頭にとまり、パタパタと翅を動かす。
「ねえ! 早速元の体に戻ってもいい?」
「うん。早く戻って! 今日はお祝いパーティーだよ!」
「やったー!」
「ちょ、ちょっと待って!」
制止の声を上げたのは柊だった。柊は困惑しきった表情で、おそるおそる口を開いた。
「そ、その……記憶が戻るってことは……あなたが本当の……私……ってこと……?」
「そうだよ。そう言ってるじゃん」
「じゃあ…………『私』は一体……誰なの……?」
その声は震えていた。初めて明確に、柊が怯えている姿を見た。
沈黙が流れる。蝶は女子から飛び立ち、柊の目の前で浮遊した。
「たぶん、『あなた』は適当に作られた柊未来。だから私に体を返して。私が本物の柊未来だから。『あなた』はたぶん、消えちゃうけど」
スカイブルーの瞳が見開かれた。ざわざわと、木々が揺れ動く。楽しそうに喋る目の前の者達とは対照的に、柊はプルプルと肩を震わせ、そして―――。
「あっ⁉ どこ行くの⁉」
神社から逃げ出した。慌てて後を追う二人と一匹。僕も追いかけようとした瞬間、目の前に誰かが降りてきた。紫の髪をかく桂新奈だった。反射的に警戒体勢をとる。
「あんた……なんでここに」
「命令だからよ」
「命令?」
じっと見据えると、桂は「はあ」とため息を吐いた。
「全然上手くいかない。付き合ってもいないのに、どうしてあなた達は離れないわけ?」
ざわざわ、ざわざわ―――木々が緊張を知らせてくる。金色の目は、磨き上げたように光り輝いた。
「やっぱり実力行使するしかないのかしら」
「……あんたは、僕と柊を離すためにあれこれやっていたのか?」
「そうよ。なるべく自然にって言われていてね」
それにしてはあまりにも回りくどい気もするが……とにもかくにも、こいつの目的は分かった。桂は、右手首にはまるブレスレットを眺めながら呟いた。
「理事長はもっと堅実なジャッジをしてくれると思っていたのに……あなた、相当あの人に気に入られたのね」
「………違うと思うけど」
「そうかしら? まあ、なんでもいいけど。でも困るのよね。これじゃ魔法が使えないわ。痛み分けをしていても、不便ったらありゃしないわよ」
桂は腕を下ろし、僕に視線を移した。
「あなたが柊未来に近付かないなら、私達はあなたにちょっかいを出さないわ」
「その理由は?」
「邪魔されたくないからじゃないの?」
「……あんた、知らないのか?」
「どうせ私は下っ端だから」
そう言う桂の顔は、少し寂しさを帯びているように見えた。しかしすぐ、不敵な笑みに変化した。
「で、どうするの?」
「どうするって何が」
「あの子のこと、追いかけに行くの?」
柊の顔が脳裏によみがえった。どんな時でも彼女は笑顔を振りまいていた。僕の味方であり続けていた。
しかし、唐突に彼女は笑みを消した。恐怖で凍り付く―――まさにそれが似合う、怯えた目をしていた。頭から離れない。今まで見たことのない表情だったからか、それとも……。
「…………どうせ……」
「え? 何?」
聞き耳を立てる桂を僕は睨んだ。
「どうせ、確証が得られるまでついてくるんだろ。なら、なんて答えても同じだ」
ウフフ、アハハハハ―――桂は突然笑い出した。逃げろと警告しているのか、木々はざわざわと騒ぎ出す。桂はひとしきり笑った後、目を細めて僕を眺めた。
「あなたって馬鹿なのね。あの子に影響された? それとも理事長?」
「うるさい」
「あーあ。せっかく見逃してあげようと思ったのに。本当、残念だわ」
直後、桂が駆け出した。目の前で腕が水平に振られる。後ろに傾く僕の胸は、水平方向に服が破れていた。桂は続けて僕にナイフを振り下ろしてくる。思わず顔を庇った右腕に切り傷が生まれた。逃げようとすると、足を引っかけられその場に倒れた。腹に足を落とされる。
「ガッ―――!」
「やっぱりあなた、弱いのね。よくそれで喧嘩を吹っかけてこれるわね」
傷口から流れる血を取り、地面につけた。しかし、天使も悪魔も召喚出来なかった。それを見ていた桂が、嘲笑を含みながら叫ぶ。
「まさか、魔法に賭けていたの⁉ もしかしたら召喚出来るかもって⁉」
「っ………」
「アッハハハ! 馬鹿みたい! 何とかなると思ったら大間違いなのよ!」
桂が顔を近付けてくる。そのせいで、彼女の体重がのしかかってきて息苦しくなった。
「そんなご都合主義がまかり通るなら、今頃世界は滅びているわね」
「ご都合主義なんかじゃない……!」
「じゃあ論理立っているって? 魔力を封じられていても、あなたは召喚出来るの? ぜひその根拠を教えてほしいわね」
金色に浮かぶ黒髪の少年は、険しい顔をしていた。しかし、その紫色の瞳には自信が満ち溢れていた。
「根拠…………それは僕の過去だ」
―――体の奥底に沈む「箱」。ぐるぐるに巻かれた鎖をほどいていく。拘束が無くなっていくたび、「箱」はガタガタと暴れ出した。それを押さえつけながら、あと少しで鎖を取りきるというところまでくると―――。
「何をしている」
男の声に手が止まった。鳥居の方を見ると、ルキがこちらに歩いてきていた。桂も驚いた様子だ。ルキは僕らの状況を確認すると、ギロリと睨んできた。
「二度目は無いって言ったよね?」
「………理事長。ここは学園外です。あなたにそのようなことを言われる筋合いはありません」
「ふむ……たしかにそれも一理ある。しかし今のこの状況、君がミヤを襲っているということは、入学式での騒動も君が発端という解釈で良いのかな?」
桂は唇を噛み締めた。静かに僕の上から退くと、ルキを睨んだ。ルキは僕に笑いかける。
「大丈夫かい? 怪我をしているけど」
「………大丈夫。それより柊を追わないと」
「ああ。君に任せたよ」
一瞬耳を疑った。しかし今はそのことを気にしている場合ではない。僕は起き上がり、神社から飛び出した。柊達が向かった方向へ走り出す。
間に合えばいいが―――彼女の安否を心配しながら、僕は見知らぬ街中をひたすら駆けた。
「………どういうつもり?」
「何がだい?」
「二度も裏切ったりして、死にたいの?」
新奈の問いに、ルキは答えなかった。ミヤの向かった方を眺めながら微笑を浮かべている。その反応に不信感を覚えた新奈は、左手首にはめてあった腕時計を口元に近付けた。
「彼に何か出来ると思うかい?」
何かを言おうとした新奈の口がピタリと止まる。ルキは嘲笑のような、しかしどこか悲しげな笑みを新奈に向けて言った。
「ミヤには、ミクは救えない。彼は弱い子だからね」
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