8『噛み合わない主張』

 それから二日後の放課後、僕は再び理事長室に呼び出された。そこにはルキと教師の男二人、そして桂新奈が待ち構えていた。桂と横に並び、背後に教師が立つ。ルキはデスクチェアに座ったまま、赤い目を光らせて僕達を見上げた。

「さて………ニイナ。君はミヤに刺されたと言っていたが……」

「はい。この男子生徒に腹を刺されました」

「何か反論はあるかい? ミヤ」

「僕は刺してない」

 まだ言うか、この魔導士は―――背中に悪意を向けられる。それを無視し、僕は桂を睨んだ。

「そもそもあの時、僕はナイフを持っていなかった。それは遠目でも分かるでしょ」

「隠していたのでしょ? だから私は反応出来ずに刺されてしまったわ。ああ、思い出すだけで傷が痛むわ……」

「下手な演技だな」

 金目で睨み返される。僕らの間に緊張が走った。互いの腹を探り合う。そこへ、ルキが子供をあやすように、優しい口調で語りかけた。

「君達の言い分はよく分かった。証明出来ない今、どちらが正しいとは断言出来ないね」

「理事長。お言葉ですが、桂が負傷したのは紛れもない事実です。彼女が身を削ってまで、見ず知らずの暁を陥れるとは考えにくいのですが」

 随分桂に肩入れするんだな―――教師二人を一瞥した。僕の視線に気付いたのか、一人が目を細めて睨んでくる。

「なんだその目は」

「……何でもありません」

「うん。たしかにそれはそうだ。しかし、見知らぬ者を陥れる理由というのも、いくらでも思い付く」

「理事長……」

「それと………ニイナ、一つ訊いていいかな?」

 口調が変わった気がした。桂もそう感じたのか、眉を潜めてルキを見つめている。

「ミヤが言っていたのだけれど、君は私を呼びに行き、その後体育館の外で隠れていたらしいね。しかし私の元には何の連絡も無かった………これはどういうことかな?」

 僕は桂を凝視した。まさかそれすらも嘘だったというのか。ならばこいつはあの時、一体何をしようとしていた?

 沈黙を続けた桂は首を横に振り、僕を指差し言い放った。

「私はそんなこと言っていません。全て彼の虚言です」

「なっ……⁉」

 驚いて僕が動くと同時に、教師二人も僕に腕を伸ばしてきた。押さえつけられはしなかったが、あと一歩前に出れば捕まるだろう。桂は平然と、淡々と言葉を綴った。

「私はあの日、遅刻しました。急いで体育館に向かったら、既に複数人が暴れていて、入るに入れなかったんです」

「ならなんでそう言わなかった⁉」

「言ったじゃない。あなたが聞き間違えただけでしょ?」

「はあ……⁉」

 嘘をペラペラと……! 何を言っているんだこいつは!

聞き間違いなんかじゃない。あの時こいつはたしかに、「理事長を呼びに行った」と言っていた。そもそもあんな間近で聞いていて間違うはずもない。

 桂は、呆れたと言わんばかりのため息を吐く。

「あなた、何怒っているの? あなたが聞き間違えたんでしょ?」

「違う! あんたが嘘を吐いてるんだろ!」

「落ち着いて二人共。また言い分が対立してしまったね。しかも本人以外証明が出来ない。これじゃあまた、どちらが正しいと断言は出来ないね」

 困った困ったと、ルキもため息を吐く。チェアの背にもたれ、腕を組んで考えるルキ。やがて何かを思い付いたのか、微笑を浮かべて僕と桂を見た。

「仕方無い。君達の魔力を、しばらくの間封じ込めよう」

「っ………⁉」

 全員が息を飲んだ。ルキは席を立つと、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

「今のところ、どちらが嘘を吐いているとは断言出来ない。だからといって、二人共を学園から追放するのは私の理念に反する。だから二人の力を封じ、在籍してもらうことにしよう」

「理事長! 何故そこまでこの男子生徒を守るのですか! これは事件ですよ⁉ 牢などに軟禁すべきです!」

 牢と聞いて、ビクリと体が震えた。教師の一人が僕の腕を掴む。それを振り払おうとした瞬間、冷たく低い声が体に吹き付けた。

「ああ―――君達は、ただの人間だったか」

 密室に満ちる緊張。先程までの雰囲気とは真逆で、ルキからは冷気のような、冷たい何かが放たれているように感じた。明かりが消えたわけではないのに、辺りは深夜のように暗くなり、闇に浮かぶ赤い目玉は僕らを捉えて離さない。

「いやいや……すまない。あまりに拍子抜けたことを言うものだから。こんなことで事件などと言われても、正直笑ってしまいそうになったよ」

 ルキの姿が闇に溶けていく。薄い唇だけが浮かび上がり、目が離せなかった。

「人間は短命だから、生命の危機に関して敏感になるのは当然だろう。よく分かるよ。だが、それにより一人を犠牲にするのは私の信念に背く。私は皆に平等でいたいんだよ」

 冷気が全身にまとわりつく。どこからか伸びてくる手は、僕の頭を優しく撫でた。状況と合わない行動に、動揺が隠せない。

「ミヤ、もしくはニイナが再び何か事を起こしたら、その時は退学を命じよう。それなら納得してくれるかな?」

「っ………!」

「返事をしなさい」

「わ……分かりました……」

「うん」

 パッと視界が明るくなった。ルキはニコニコと笑いながらデスクへと戻っていく。唖然とする僕らなど気にもとめず、デスクチェアに沈み込んだ。

「話は以上だ。ミヤとニイナには、魔力封じのブレスレットをつけてもらう。不便だろうが、少しの間我慢してくれたまえ」

 ルキはデスクの引き出しから銀色のブレスレットを取り出し、僕らに手渡した。指一本分の太さのあるそれを左腕に通すと、ブレスレットは僕の手首の幅まで締まり、自分では外せなくなった。桂も同じようだ。

「それは私にしか外せない。無理に力を加えれば、全身に痺れが回る。あまりオススメはしないよ」

 ルキの補足説明に桂が目を細める。用意周到なことだ。はじめからこうするつもりだったのだろう―――僕らは無言で部屋を後にした。僕が最後に出ると、廊下で待ち構えていた柊に呼び止められた。

「ミヤくん!」

「柊………なんでここに?」

「心配だったんだよ! どうだったの⁉」

 彼女にざっと説明すると、柊は頬を膨らませた。

「ミヤくんまで力を封じられる必要無いじゃない! ルキのわからず屋!」

「客観的に見れば妥当、もしくは甘いくらいの処遇だよ。僕が無実には変わりないけど」

「私は信じてるよ! ミヤくんのことを!」

「………あっそ」

 僕らは帰宅するべく、夕日の照らす道を歩いていった。

 桂新奈の真意は謎だ―――しかし、彼女の動向に注意を向けるべきだということは分かった。平気で嘘を吐くような嘘つきであるということも。



 ――――――月には女神様がいます。



 まるで、あの『牧師』と同じだ。

「………虫唾が走る」

「え? 何か言った?」

「何でもない」

 事あるごとによみがえる声。いつかその声を思い出さなくなる日は来るのだろうか。そして僕は、本当の意味で自由になる日は来るのだろうか。

 ―――――そうなれることを、切に願う。

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