4-41 昔話(2)

「ええと、そのスカーヴィズの部屋で、あたしは彼女の計画を聞いたのさ。あたしはアジトを守る女達の面倒を見る頭だったから、スカーヴィズは一目おいてくれてたんだろうね。


 詳細を要約すると、ロードウェルに和解の意思を伝え、スカーヴィズのアジトの島で、今後のエルシーア海賊のあり方を話し合いたいともちかける。勿論、ロードウェルの手下の船長達も同席させる。そして、連中に酒を飲ませて酔わせ……あらかじめアジトの位置を教えたエルシーア海軍にロードウェル達を一掃してもらう。だが、スカーヴィズの描いた筋書きは、見事に狂っちまった。計画実行のあの夜に」


「それはどうして?」


 シャインがたずねると、ストームは意味ありげに目を細めた。


「スカーヴィズの計画が、ロードウェルにいたのさ。スカーヴィズが、手下の誰かに内容を話したかどうかは知らないけど、誰にも言っていないのなら、彼女の部屋で話を聞いたのは、あたしとティレグだけになる。誓って言うけど、あたしじゃないからね!」


 シャインの疑うような視線を見たストームは、両手の拳を握りしめて大きく肩を震わせた。シャインの返答次第では、飛びかかってきそうな勢いだ。


「も、もちろん……疑ってなどないさ……」


 シャインはストームをなだめるように、穏やかに答えた。ストームの言うことは本当だと思うから。ストームは金の事しか興味を示さないが、意外に義理堅い所がある。過去、スカーヴィズに助けられたストームが、彼女をおとしめることなどできるだろうか。考えるまでもない。


「実は、スカーヴィズが計画をあたし達に話してくれた時、こんなことも言っていたのさ。

『ロードウェルを一掃したら、このエルシーア海を離れるつもりだ。海軍はどんどん大きな船を作り、私達の自由を奪って行く。東の海はまだ未開拓で、新たな可能性に満ちた希望の場所だよ』ってね。けれど……よく考えてみたら、この言葉がスカーヴィズの運命を決めちまったんだろう」


「それは……」


 シャインは黙ったままストームを凝視した。辺りに誰もいないと分かっていても、ストームはちらりと通路を目線でうががい、そっと声を潜めた。


「スカーヴィズのこの提案に、反対だった人間がいたのは間違いない。だからそいつはスカーヴィズを裏切り、ロードウェルに寝返るための土産として彼女の計画を奴に教えた。


 だって考えてみてごらん? ロードウェルという邪魔者がいなくなれば、それこそあたし達の天下じゃないか。エルシーア海の覇者になったのに、何故それをあっさり捨てて他所の海に行かなければならない? あたしはがく然としたよ。ティレグだって、スカーヴィズに考え直すよう何度も説得してた。けれど彼女の決意は固かった。きっと……あんたの父親、アドビス・グラヴェールと敵対することを避けたかったんだろうと思うよ」


「……」


 スカーヴィズとアドビス。初めはお互いの利害の為に組んでいた二人だったが、いつしか惹かれあうものを感じていたのかもしれない。


 その証拠にスカーヴィズは自分が留まればアドビスと敵対することを確信し、エルシーア海から去ることを決めた。一方アドビスは、スカ-ヴィズのアジトを海軍が急襲する計画を知り、それを彼女に知らせるために、単身引き返している。


「俺も、そう思う……」

 シャインは言葉少なげにつぶやいた。


「そこで問題なのは『誰が』スカーヴィズを裏切ったか? ということになる」


 ストームの声は慎重さを増し、牢屋の中にそれが響かないように、さらにさらに低くなる。


「もちろん、ロードウェルと和解のための話し合いは、この島で行われた。どんな手でスカーヴィズがロードウェルと約束を取り付けたのかは知らないが、話は何時の間にか、このエルシーア海賊を一つに束ねるに至って、その頭領はスカーヴィズが務めることに決まっていたみたいだよ。だけど、今になってそんなことどうでもいい事だってわかった。だって、ロードウェルはスカーヴィズが自分をハメようとしていることを知っていたんだから。だから、奴は彼女を殺すつもりだったんだ。――ティレグを使って」


「……まさか……」


 突然出てきた具体的な名前に、シャインは驚きを隠そうともせずつぶやいた。

 ストームが何故か浮かない表情のままその様子をじっと見ている。


「どう考えてもティレグしかいないんだよ。スカーヴィズの計画の話を知っているのはあたしと副船長のあいつだけ。しかも、ティレグはロードウェルを潰した後、スカーヴィズがエルシーア海から去ることを反対していた」


「何か……推測ではなく、はっきりした証拠はないのか?」


 ストームの表情が暗いのは、そのせいだろう。

 証拠がないから確証が持てない。シャインは歯がゆいまでのいじましさを感じて、膝の上にのせていた左手をぐっと握りしめた。


「それがわかれば苦労しないよ。ただね、あの夜。アジトのこの建物の二階に大きな広間があるんだけど、スカーヴィズは自分の船の船長達と、ロードウェルの船の船長達の前で演説をするはずだったんだ。けど、時間になっても彼女は姿を見せなかった。それでティレグが船までスカーヴィズを迎えに行ったんだよ。しかし、ここへ戻ってきたのはティレグ一人。しかも転げそうな勢いで走り込んできた。

『アドビス・グラヴェールが船長を殺しやがった! 海軍の船が外にいるぞ!』

って、叫びながらね……」


 シャインは思わずため息をついた。

 あらゆる面からいってティレグが怪しいのは間違いない。

 けれど肝心な所はわからずじまいだ。


「本当にティレグが……スカーヴィズを殺したと思うか?」


 シャインの問いにストームは再び眉間をしかめた。小さめの瞳がそのしわの中に埋もれてしまいそうだ。


「多分そうかもしれない、としか言えないよ。あたしの知っている範囲ではね。ただ、ロードウェルが誰かを使ってスカーヴィズを殺そうとしていたのは本当なんだ」


「何故、あんたがそんなことを知っているんだ?」


 シャインは再びストームに疑いの眼差しを向けた。

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