アクマ


「そんな……村長までいなくなってしまうなんて」

「フランクさん……」

「詳しい話を聞かせてくれるかいランダ。冒険者様にこの事件の解決を依頼したんだ」

「見慣れない顔だと思ったら……ありがとうございます、よろしくお願いします。俺の家で詳しく話します。ついてきてください」

「はい」


 ランダと呼ばれた先ほど外で村長がいなくなったことを知らせるために走り回っていた青年に連れられ、ランダの家に行く。


 ランダの家は村長の家より一回りほど小さく、他の村民の家屋と同じような形をしていた。


 中に入り席に案内され椅子に座ると、ふう、と自分を落ち着かせるように息を吐き、語り出した。


「どこから話すかな……村長がいなくなったのは事実だ。村民総出で探したが、村のどこにも村長はいない。村長は足が悪くそう遠出は出来ないし、ここ数ヶ月森の中にも入っていない」

「どこにも……最後に村長を見た人は?」


 ランダの話す内容を反芻しながらフランクが問いかける。


「最後に村長を見たのはマチだ。あ、えっと村娘のマチです。10歳くらいの歳の気の弱い女の子なんですが、マチが言うには村長は村の祠でアクマに連れ去られたって」

「アクマ……!? そんな、アクマだなんて」

「アクマ……?」


 耳慣れない言葉に首をかしげるシロにこの村にはアクマという魔物に纏わる言い伝えがあるのだと話し始める。


 昔、この村は土地が悪く飢饉に襲われていた。このままでは村が滅んでしまう。そんな時に空からアクマと名乗る黒い影が降り立ち、贄を捧げればこの村を救ってやろうと言い出した。当時の村民は一人の命で村が救われるのなら、と小さな男を贄として捧げた。男の子の代わりにアクマは大量の食料を村にもたらした。

 しかしその食料だけでは飢饉は改善されなく、次第にまた飢えに苦しむようになった。そしてまたアクマが現れ、また贄を捧げるのであれば村を救ってやろうと言い出した。

 その時たまたま村を訪れていた旅人が選ばれ、贄となることとなった。旅人は何の抵抗もなくアクマの前に立つと、腰に佩いた剣でアクマを一刀両断した。村民はなんてことを、と驚きアクマの報復を恐れたが、そのアクマの死体からキラキラとしたものが噴き出し、それが村の地面に落ちると草花が芽吹いた。旅人がアクマがこの村のエネルギーを吸い取り、人々を食べていたのだ。と語った。

 そうして村は本当の意味で救われたのだった。


「そしてその贄となった男の子を祀った祠があるんです。村長はそこに日課として通っていたんですが、足が悪いため誰かが付いていくんです」

「それでマチが……そこでアクマに攫われたのか」

「その祠って村長さんのお宅から近いんですか?」

「近いと言うか、村長の家の真裏にある林の中なので、間近ですね」


 案内します、とランダが言い、連れられて村長宅の後ろの道を通り、来たのは細い木が乱立した林の中。

 その中に石造りの古いものと思われるが、誰かが手入れをした形跡のある祠が佇んでいた。辺りは静寂に包まれ、厳かな雰囲気が漂っている。


「ここがシンの祠です」

「ここで村長が攫われたのか」

「シンの祠……アクマは見当たりませんね、どこに行ったのでしょうか……」


 キョロキョロとシロが辺りを見渡すと、ザリ……っと背後から音がした。


「っ!」

「アクマか!?」

「二人ともボクの後ろに!」


 シロが双剣を抜き、警戒態勢に入る。それはゆっくりと木の後ろから姿を現した。


「あれ、あなたは……」

「……マチ。付いてきたのか」

「ご、ごめんなさい……」


 木の後ろから姿を現したのは、赤い髪をした小柄な少女だった。


 事情を聞くと、三人が祠へ向かうのを見て居ても立っても居られずに付いてきてしまったそうだ。


「マチちゃんっていうんですね、ボクはシロです。よろしくお願いしますね」

「よ、よろしくお願いします」


 シロが立ち尽くすマチの前で屈み、にっこりと笑い手を伸ばす。マチはおどおどとしつつも、それに応えシロの手を握る。


 にぎにぎと少しの間シロが握手をしながら微笑みかけると、次第にマチも笑顔になった。


「マチが初対面の人に笑顔を見せるなんてな……」

「珍しいよね」


 そんな事件現場とは思えない雰囲気が漂っていたが、突然それが破られた。


 祠の上から突如として悍ましい声が辺りに響き渡った。


「グェェェェップ」

「! 皆下がってください!」


 シロが三人の前に出て、双剣を抜き放ちその声の主と対峙する。


 それは灰色の肌をし、大きな口を顔と腹の両箇所で開き、ぶよぶよとした脂肪を身に纏ったシロの身長の二倍ほどある大柄な人型の姿をしている生物だった。


「あ、アクマ……」


 震えた声でマチが呟くのをシロは聞いた。

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