セツメイ

記憶が無い。

 確かにそう目の前の少女――シロはヒイロに言った。ゴブリンと戦っている時にも見せなかった真剣な表情を見せながら。


「記憶が無いって……俺と会うまでの記憶が?」

「そうです。気づいたら先ほどの湖のほとりで倒れていたんです。思い出せるのは……自分の名前と少しの自分についての情報と……戦い方くらいですね」


 自嘲気味に笑いながら両腰に佩た双剣に手を当て話す。笑いながらも目は笑っておらず、先程見た青色よりも暗い色をしているように見える。

 その悲しい表情からこの話はデタラメでは無いとヒイロは感じた。


「詳しい話は街に帰ってからでもいいか? 風呂でも入ってサッパリしてから、飯でも食いながら聞かせてくれ」

「! 信じてくれるんですか……? ごはん……あ、でもボクお金」

「とりあえず聞いてから判断するさ。金は心配するな、俺の奢りだ。俺が信じて契約すればその魔石で代金にさせてもらうよ」

「〜〜〜〜っ!! はいっ! ありがとうございます!」


 先ほどの表情から一変、花が咲いた様な笑顔で返事をするシロを見てヒイロは少し安心していた。いくぞ。とぶっきらぼうに言いながら先に歩き出すヒイロをシロは小走りで追う。

 前を歩くヒイロを見て、シロが小さく口を動かし、笑った。


「ほんとに、ありがとうございます」


 顔を向けずに小さく手を振った。


 ヒイロがシロを引き連れて森の中を歩くことしばらく。森を抜けるとひらけた場所にでた。遠くに大きな門が見える。


「あそこに門が見えるだろ、あそこがポルクトの街だ。知ってるか?」

「ううん。知らないや。名前聞いてもピンとこない」


 シロがかぶりを振る。ヒイロはそれにそうか、と呟く。街に向かって歩きながら街についての話を聞く。


「ポルクトの街は俺が今拠点としている街でな、人の良い奴らが多いんだ。人の行き来も多いし、シロの記憶喪失を解決できる手段もあるかもしれないな」

「ふむふむ。記憶が戻るのであればほんとにありがたいです! ちなみにその街って美味しいごはんありますか?」


 シロの問いにヒイロは目を瞬かせた。質問を返そうと記憶を探ると、行きつけの店が浮かんだ。


「美味しいごはん……? ああ、あるぞ。俺の行きつけの店があるんだ。ちょうどいい、そこに行こうか」

「やった! あ、すみませんがお代はお願いしても……?」


 目に申し訳なさそうな色を浮かべて不安げな表情でこちらを窺うシロに律儀だな、と思いヒイロは軽く笑みを浮かべた。


「ああ、いいぞ」

「やったー! ふふっ楽しみだなぁ」

「楽しみにしててくれ……っと、ついたな」

「ん、おお〜ここがポルクトの街ですか! 大きい街ですね!」

「だろ。門番にシロのことを話すから付いて来てくれ」

「はい!」


 ヒイロが軽く手をあげながら顔見知りの門番に声をかける。門番はヒイロを見て軽く笑顔を浮かべ、シロに気づき眉を潜めた。


「ヒイロ! お前……お前ってやつはとうとうやったのか!」

「は? いや待て何の話」


 門番がヒイロに向かって悲痛な表情で叫び始めた。ヒイロは困惑した表情を浮かべ、シロは首を傾げた。


「お前そういうやつだとは思わなかったぞ! まさか白昼堂々いいとこのお嬢さんを攫ってくるなんて……! ロシュネさんがかわいそうだ……。安心しろ、僕がお前を捕まえてやる……! そしてロシュネさんに土下座させてやるからな! かくごぉっ!」

「人の話を聞け」

「いだっ」


 ヒイロは門番による周囲に誤解を招きかねない発言を鞘に入った剣で殴り止めた。痛みで蹲った門番に対し、後ろでシロが吹き出した音を聞き流しながらシロについて説明をする。

 門番は概ね理解した様子でヒイロとシロに向き直り、頭を下げる。


「いや申し訳ないです。僕の早とちりでヒイロさんを牢に入れるところでした」

「勘弁してくれ……」

「すみませんすみません。えっと、それでシロさん」

「はい?」


 門番に名前を呼ばれ、ヒイロを見ていたシロが身体を向けると、人懐っこい笑顔で話し始める。


「初めまして、僕はポルクトの街で門番をしています、ルーナンドといいます。よろしくお願いします」

「あ、これは丁寧に。初めましてボクはシロです。こちらこそよろしくお願いします」


 シロがお辞儀をするのを見て、ルーナンドがヒイロに向かい直す。


「やっぱいいとこのお嬢さんですってヒイロさん。年に対して礼儀がしっかりしてますもん」

「わかったから疑いの目をやめろ」

「はあーい。じゃあシロさんこちらをお持ちください。滞在許可証です。無くしたらまたこちらへお越しください。500イニで再発行いたしますので」


 ルーナンドがシロに薄く硬い素材で出来たカードを手渡す。


「ありがとうございます!」

「ありがとなルーナンド」

「これくらいおやすいご用ですよ!あ、シロさん」


 ヒイロとシロがルーナンドにお礼を言い、街へ入ろうとした時にルーナンドがシロを呼び止めた。

 なんだろう。とシロがルーナンドに向き直ると、大げさに咳払いをした。ヒイロはルーナンドが何を言おうとしているのか見当がついたようで、軽く笑みを浮かべている。


「シロさん、ようこそ! ポルクトの街へ!」


 シロは言われた瞬間、ぽかんとしていたが、すぐに意味を理解し笑顔でお礼を言い、頭を下げてからヒイロと街へ入っていった。

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