第2話 どこにでもいる普通の女の子(自称)

 帰りのホームルームが終わり、下校時間となった。私は席を立ち、良ちゃんの机へ移動する。彼に群がっていたクラスメイト達も私が来た事に気付き、自然と道を開けてくれる。ふふ、これもヒロインの特権ね。


「それじゃあ、早速行きましょ?」

「お、よろしく」

「なになに? 二人とも早速デートでも始めるの?」

「きゃーっ! 二人とも初日から大胆ね!」

「ち、違っ、私は、そんな……」


 所謂非攻略キャラである少女達にからかわれて私の顔がどんどん熱くなっていく。心の底では冷静だけど、ここではこういった反応が自然と出てしまうのよね。俗に言うシナリオ補正というやつかしら?


 シナリオに縛られてする行動は正直嫌になるけど、私はそれで彼と少しでも長く居られるなら構わないと思っている。なにせ私のルートにはハッピーエンドが全くないのだから。

 彼も役に徹してるようだし、私も頑張らなきゃ。でも、少しぐらい幸せな時間が長く続くように祈っても罰は当たらないわよね?


「あはは、冗談よ。可愛いいんだから」


 そう言って彼女達は自らの鞄を持ち、「じゃあね」と帰って行った。私と良ちゃんは手を振りながら、それを見送る。


「じゃあ、僕達も行こうか」

「ええ、でも案内するのは私なんだからね?」

「分かってるよ。で? 最初はどこから案内してくれるんだ?」

「そうね」


 本来ならここで「どこが良い?」と訊ねるのだが、その質問によって彼が選ぶ場所は三か所ある。その三か所全てに他のヒロインが登場する事も私は知っていた。なので私はその三か所は避けるべきだと判断する。


 しかし、場面や状況に合わせたシナリオの補正が入るようにこの世界では主人公である良ちゃんが他のヒロインと出会うのも時間の問題。


 ならばいっそあの娘達を早めに始末しておくのが得策かもしれないと思った。そのほうが私は幸せに慣れる気がするし。ええ、そうね。そうしましょう。


 邪魔者が早急に居なくなれば、私はきっとこの人と幸せになれるでしょう。それに私の幸せはこの人の幸せでもあるのだから。躊躇う必要がない。


 あの娘達も分かってくれるわよね?

 私の幸せはこの人の幸せ。

 それはヒロイン全員が抱く想いでもあるのだし。

 きっと快く殺られてくれるに違いないわ。


「じゃあ、行きましょうか」

「どこに連れて行ってくれるんだ?」

「一階から順番に案内してあげる」


 私はするべき事を考えながら、彼を連れて教室を後にした。

 手持ちのハサミでしとめられるかしら?






「それじゃあ、今日は色々ありがとうな」

「お礼なんて必要ないわ」


 時刻は夕方の七時を回っていた。三階建ての校舎を一階から順番に案内していたら、予想以上に時間がかかってしまったらしい。まだ案内出来ていない二号棟や体育館は後日、連れていく事にして今日はもう帰る事にした。というよりも下校しなければならない時刻へとなってしまったのよね。


「明日も案内してあげるんだし」

「ああ、そうだね。じゃあ、明日もよろしく」

「ええ、またね」

「うん、また」


 私達は先生に促されるように校舎を出てから、校門の前で手を振り合って互いに反対の道を歩き出した。本当は一緒に帰りたかったのだけど、今日はこれからやるべき事があるので辛抱する事にした。


 携帯のメアドも交換したし、これからは彼と電話で話す事も出来る。それに今からあの娘達を一人ずつ順番に殺っておけば、私のハッピーエンドもきっと訪れるはず。そう思えば自然と足取りも軽くなっていた。


 私は一度物影に隠れて今日のターゲットが校門から出て来るのを待った。誰から始末して行くかなんてこの際、どうでも良い。最初に出て来たヒロインを殺ってしまおう。


 そして待つ事数分。ようやく一人目のターゲットが現れた。腰まで伸びた黒髪を頭の後ろで一房に束ね、フレームの付いた眼鏡をかけた知的な雰囲気を醸し出す少女――宮本鼎。


 私は彼女を見た瞬間、思わず唇を歪ませてしまう。


「じゃあね~」

「はい、また明日」

「ばいば~い」


 彼女は一人の女子生徒と別れて、別の女子生徒と一緒に歩き出した。私と正反対の道を歩き出した彼女達を見て、ゆっくりと尾行を開始する。ここで気付かれる訳には行かないのでなるべく離されないように一定の距離を保ちつつ、様子を見た。彼女が一人になった時、そこに人影がなければ動くとしよう。


 田舎と言っても、この町は田んぼや畑ばかりが広がるような長閑な所ではなく、都会の真似事をしたような町だった。なのである程度行けば、デパートのような大きな建物が見えて来る。地面も土の道から、コンクリート道へと変わっていた。


 日も沈み、月灯りを頼りに追い続けるのは思っていた以上に疲れる。愚痴をこぼしつつ、追跡を続行する。暦の上では秋でも、私にはまだ夏でしょと言わざる負えないこの季節。肌に張り付くシャツが少し気持ち悪かった。


 しばらく、彼女達は人通りが多い道を進むと、近道なのか少しだけ狭い路地裏に入って行く。私は良ちゃんしか興味がなかったので、他のヒロインについて知らない事が多い。


 この世界で良ちゃんが攻略するヒロインは私を含めて四人。一人は宮本鼎(みやもとかなえ)。放課後やお昼休みは学園で図書委員の仕事をしており、眼鏡をかけた知的な雰囲気を纏う少女ね。


 二人目はバレー部に所属し、他の運動部にも助っ人として呼ばれる事が多いツインテールの少女よ。いつも呆れるほど元気で二週目の世界で私から良ちゃんを奪った張本人でもある。名前は確か倉橋栗鼠(くらはしりす)だったはず。


 三人目はコーラス部に所属する少女――塚田美弥(つかだみや)。彼女の声は透き通るように透明感があり、初めて聞く者を魅了する魔性の効果があると言っても良い。


 だけど致命的なほど音痴で、コーラス部を別の意味で泣かせたという伝説を持っている。私も一度だけあの歌声を聞かせてもらった事があるけど、アレはもう上手い下手の領域を軽く飛び越えた先にある何かね。


 そして四人目がこの私――石村早苗である。三人と比べて個性の欠片もない。どこにでもいる普通の女の子。それが私。というよりも他の三人が個性的なだけなのでしょうね。


「調子に乗ってんじゃないわよ!」


 すると私が路地裏を覗きこんだタイミングで、そんなヒステリックな声が聞こえて来る。すわ尾行がバレた!? と慌てそうになったが、どうも違うらしい。


「ごめんなさい……。別に調子に乗ってた訳じゃ……」


 暗がりでよく見えないが、どうやら私は面倒なイベントに出くわしてしまったらしい。

 これも、この世界のシナリオなのかしら。

 彼女――宮本鼎は素行と頭の悪そうな女たちに囲まれていた。

 なに、主人公不在でイベントが始まろうとしてるのよ。


「はあ……。この世界の神様は本当に私の邪魔をするのが好きね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヒロインの苦難 @touka579

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ