第3話 代わりの運命
――――ああ、二回目だ。
薄暗い地下と湿った床と鉄格子。目の前の鉄格子の隙間から浮かぶ赤い瞳。
「………なんか言ったらどうなんだよ」
ぽつりと呟いた言葉は牢屋の中で反響して消えた。目が合っていることは確かなのに、話しかけた波蝶に対して何の言葉も返ってこない。存在を無視されていると言ってしまえばそれまでだけれど、ただ生きることに無気力なだけの気もしてくる。
「お前、なんで閉じ込められてるんだよ」
明確に助けを求めているわけではないのに、「助けないといけない」と思ってしまうのはなぜだろう。ああ、でもやっぱりこの空っぽになった目に見覚えがある。
それなのに抱いている感情に説明がつかない。助けを求めないで、ごめん何もできないんだ、どうしてそんな目をするんだ、どうして――――私なんだ。
「………これ、私の感情なのか?」
気を抜くと口から零れそうな感情は身に覚えがあるものと身に覚えがないもの、両方が混ざり合っていて言葉にすることができない。
きっとこれも夢だ。そんなことは分かっている。波蝶はきっと今も自室のベッドの上で寝ていて、あと数分したら起き上がって学校に行く準備をしなければいけない。今見ている光景は夢でしかないのに。現実で一度も見たことがない緋色の目に惹かれてしまう理由は分からずじまいだ。
※
「波蝶っ、」
「うわっ」
「あ、ごめん」
波蝶からすると横から唐突に聞こえたうららの声に驚いていると、うららにしては珍しく早口気味の謝罪がされた。
「こっちが見えないんだったね………忘れてた、ごめんね」
「ああ、いいよそんなの、ちょっとびっくりしただけだから」
とは言いつつも、昨日まで見えていた場所が見えなくなり、そこから急に声をかけられればびっくりはする。少し鼓動が早くなった心臓を抑えながらふう、と息をついた。
「波蝶、病院行った?やっぱりそれ、おかしいよ」
「ん………」
「病院嫌いなのは知ってるけど、たぶん放っておいても治らないよ」
「めちゃめちゃ正論だ………うららのくせに………」
波蝶にだって病院に行った方がいいことは分かっている。けれど夢の中に出てくるあの牢屋が気になってしまうのだ。通りゃんせの洞窟で意識を失って、なぜか片目の視力を失った直後、あの光景が見えるようになった。一度だけならただの偶然かもしれなかったけれど、目を閉じた瞬間にあの世界を鮮明に思い出せてしまうのはやっぱりどこかおかしいのだ。
「………なあ、うらら。あの日から同じ夢を見るって言ったら、どう思う?」
「え~、何それ?どんな夢?」
「牢屋の中にさ、誰かがいるんだよ。誰かは分からないんだけど………目が赤くて………」
我ながら荒唐無稽な話をしているな、と思いながら夢の内容をうららに話すと、不意にうららが足を止めた。それにつられて波蝶もつんのめるように歩くのをやめる。
「どうしたんだよ?蟻でもいた?」
「………赤い目の人が、牢屋の中にいるの?」
「え、ああ、うん」
夕日の中、俯いて立ち止まったうららの表情をうかがうことはできない。けれど普段の気の抜けた喋り方と比べると、なんだか強張った声のような気もした。
「変なこと言ってるのは分かってるんだよ?でもすごいリアルな夢だから………」
言いながら、不安になって開いてしまったうららとの距離を詰めるように歩み寄る。顔も覗き込めそうな距離に近付いた時、ようやくうららが顔を上げた。
「――――すっごくロマンチック!」
表情は満面の笑顔だった。
「………ロマンチックって。私、割と本気で悩んでるんだけど?」
「でもすごくロマンチックだよ!何日も同じ夢を見るって、きっと何かあるんだよ!」
「うらら、たまに少女漫画みたいなこと言うよな」
「もう!波蝶は何でそんなに少女漫画が嫌いなの!?」
「いや別に嫌いでは、」
うららが勢いよく手をとったせいで波蝶の言葉は途切れてしまった。おまけにそのままぐるぐると回り始めてしまったので、波蝶は目を白黒させる。こんな通学路のど真ん中でどうしてうららと二人でダンスの真似をしているのか、それは見当もつかないけれどこうなったうららは人の話を聞かない。経験で分かる。
「いいじゃん少女漫画!私、何にも分からないけどきっとそれ、運命ってやつだよ!」
「運命って、」
「閉じ込められてる誰かを運命的に助けるんだよ、波蝶が!」
そう言ってくるくると回っていたうららが急停止。つられて波蝶も足を止めざるを得なくなった。波蝶よりも体力がないらしいうららの息は切れていて、激しく回ったせいでいつも首から下げているネックレスが首の後ろに回ってしまっていたけれど、目だけはキラキラと輝いていて、波蝶の方が息を呑んでしまう。
「………でも夢の中だから、どこに閉じ込められてるかは分からないじゃん」
「そんなの関係ないよ」
ふふっと、微笑んだうららが両手を伸ばして、波蝶の頬を両側から挟んだ。潰れた頬のせいで不細工な顔になっている気がしたけれど、うららが楽しそうなのでとりあえず身動きをせずに待つ。
「運命なんだから。どうやって行けばいいかなんて、神様が教えてくれるよ」
普段はぼんやりとしているうららなのに、たまにこうしてぞっとするくらいの迫力がある。言い訳の言葉はすべて喉の奥に引っ込んでしまったし、うららがそう言うならあの瞳のもとに辿り着く方法だってすぐに見つかる気がしてしまったのだ。
「………目が見えないんだ」
だから波蝶は、自分の頬を潰すうららの両手をそっと掴んで外させて、精いっぱい頼もしく見えるように笑った。
「見えなくなった目が、もしかしたらうららの言う運命てやつを知ってるかもな」
「その意気だよ波蝶!」
まあ、うららが嬉しそうだし。意味が分からないと思っていた夢も、「運命だよ」という姿を与えられれば、波蝶が捜すのに十分すぎるものになった。さて、それなら。
「私、もう一回通りゃんせの洞窟に行ってみる」
理由は相変わらず分からないけれど、そうするのが一番いいと思った。だから当たり前にそう伝えれば、うららは華やかな笑顔のまま一つ頷いた。
「波蝶ならそうすると思ってた」
「なんだよその言い方」
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